夏練1/4お疲れ様会のお知らせ

こんにちは。きゃっぷてんの岡です。
夏練も本格的に始まり毎日暑さで死にそうになりながら練習をしています。心やさしき先輩の方々にアイスの差し入れをしていただけると部員一同心のそこから喜びます。

いつ頃からかは知りませんが自分が一年の時から、盆休みの始まる前の日の夜に夏練1/4お疲れ様会と銘打って、帰省に余裕のある部員で飲み会を行なっております。今年は8/17の東京学生の試合の後行う予定です。ぜひ四年の先輩方やOBの先輩方にご参加いただければと思います。

新主務挨拶(大会、練習等の諸連絡)

こんにちは。3年新主務の真野です。

4月から主務として働いておりますので今更感はございますが、前主務の淺井先輩が引退されて少し不安な今日この頃でございます。

OBの皆様におかれましては、日頃からの応援ありがとうございます。至らぬ点も多々あるかとは存じますが、今後ともよろしくお願いいたします。

 

早速ですが、以下4つほど練習や試合に関する諸連絡がございます。

1 夏練について

昨日はホームページの予定変更が反映されておらず、ご迷惑をおかけしました。すみませんでした。

今年の夏練はホームページの予定通り、

月曜 14:00~17:00(@本郷)

水曜 14:00~17:00(@本郷)

土曜 15:00~18:00(@駒場)

で行います。出稽古大歓迎です!とても暑いので飲み物をご用意の上お越しください。

予定変更は随時ホームページの方で変更しますので、前日にご確認の上お越しください。

このほかの時間は一年生への指導や筋トレなどを行っておりますので基本的には出稽古を受け入れていません。もしお越しの際は事前にご相談ください。

 

2 東京学生柔道体重別選手権大会について

8/17(土)に東京学生の個人戦があります

場所は日本武道館、試合開始は9:30です。

出場部員は以下の通りです。

73kg 菅野、幸田

81kg 山添

90kg 東條、岡、山口

100kg+ 米山

女子63kg 佐々木

普段あまり立技をやらない選手も国際ルールで頑張ります。ぜひお越しください。

 

3 京都大学との定期戦について

9/15(日)の京都大学との定期戦ですが、

10:00  試合開始(@七徳堂道場)

14:00  レセプション開始(@校内食堂を貸切予定)

の予定です。詳細が確定しましたらまた報告します。

 

3 一橋大学との定期戦について

一橋大学との定期戦ですが、10/19(土)に確定しました。

今年は一橋大学で行います。詳細が決まりましたらご連絡いたします。

 

長くなりましたが以上です。今後とも東大柔道部をよろしくお願いします。

新主将挨拶

3年の岡です。今年の七大戦をもちまして主将に就任しました。
今年の七大戦は3位でした。この結果が良いと思うか悪いと思うかは人それぞれだとは思いますが、チームとして完成度が高かったのは間違いないです。ようやく直近の先輩方が積み重ねてきたものが結果に出てきつつあるんじゃないかなと思います。これを受け継ぎつつ改善するとこは改善して、来年の七大戦優勝に向けて頑張りたいと思います。応援よろしくお願いします。

現役に一言。客観的に見て今のこのチームは強いです。なんなら俺は七大で一番強いと思ってます。ただ勝つも負けるも結局この一年の練習次第です。47年ぶりの優勝を狙う、挑戦者として今年一年頑張りましょう。
来年は絶対優勝するで。

ありがとうございました。

こんにちは、中村です。
今月の七月七日をもちまして、四年目の七大戦終えましたので、ご挨拶をさせていただきます。練習に行く必要がなくなり、その解放感からダラダラと過ごしてしまいブログを書くのが遅くなりました。お詫び申し上げます。
この4年間、七大戦はほぼ七夕前にあったこともあり、毎年七大戦優勝を星に願っておりましたが、最終的に4年間で最高三位という結果に終わり、悔しく思います。今年の自分個人の試合としても、二試合とも、下級生に当ててもらえたのに取り役としての仕事を果たすことができず、何が自分の中で足りなかったのか、と今でも自問自答してしまいます。しかし、これで幹部としての役割を終えたので、今後は後輩が僕と同じような失敗をしないように自分の経験を分析し、微力ではありますが新チームの手助けをしていきたいと思います。

東北大の引退ブログを見ていいなと思ったので、関係者の方々に向け感謝の意を述べて終わろうと思います。

まずは、三年生。
本当に強かったです。試合では四年よりよっぽどたくさんの仕事をしてくれたと思います。来年は、三年生全員が取り役を目指せると思います。他大の警戒もますます強くなってくると思いますが、さらなる強さを目指して頑張って欲しいです。一方でどれだけ強くなっても、下手をすると取られることは必ずあると思うので、基本的な防御も疎かにせず、油断のないようにしてください。まあ、わかってると思うけどね。
個人的には、朝日、京大戦では、僕の失態を挽回してくれて本当に助かりました。また、東北大戦での活躍も見事でした。今の三年生の中で、初心者でかつ途中入部で大変なことがたくさんあったと思うけど、本当によく頑張ってくれました。ありがとう。
郷地、今は部を離れているけど、今年の七大戦前に、先輩たちと七大に出たい、といってくれたことは本当に嬉しかったです。

二年生
めちゃくちゃ固くなったなぁという印象です。初め入部してきたときは、特に立ちの切れる選手がいるわけでもなく、この先どうなるのか心配でしたが、研究を熱心に行い、練習にひたむきに参加し、ぐんぐん成長していく様は見事でした。今度は、下級生が入ってきてくれたこともあるし少しづつ、取る技術を身につけていってください。一方で、防御を練習できるのは三年生が引退するまでのあと1年だけです。自分の苦手を洗い出し、徹底的に潰しておきましょう。個人的には、亀の守りの技術を身につけておくと、幹部になったとき後悔しないやろな、と思います。
今年の試合に関しては、枝野、東北戦で見事に分けてくれました。俺が相手の三年生に引き分けられて、しんどいところに当ててしまいました。でも、よく頑張ってくれた。ありがとう。枝野は、いつも夜遅く学校帰りに、トレーニング場で筋トレしてたもんね。今回の試合はそういう努力の結果やと思います。そんなひたむきさを忘れないで頑張っていってな。
甲斐、金を貯めて、早く戻ってこいよ。

一年生
高校までとは全く違うルールで戸惑いもあったと思うけど、七大のルールを受け入れて一緒に三ヶ月間頑張ってきてくれてありがとう。怪我で4月と5月練習できない間、試合に登録されていなかった一年生の教育係をやらせてもらったことは、怪我をしてよかったことの一つです。一年生の1年間は、めちゃくちゃ大変やと思うけど、そこをなんとか切り抜ければ、きっと大きな自信につながると思います。

同期
あまりいうことがありません。三年と三ヶ月どうもありがとうございました。みんな揃って七大戦に出れて幸せでした。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。

最後になりましたが、金野師範、小川コーチ、柏崎先生、並びに筋トレ、体のケア、食事について様々な側面からサポートしていただいた先生方、そして、お忙しい中練習に来ていただいた先輩方、大変お世話になりました。ありがとうございました。

引退から3週間が経ちました。

4年目の松本です。

 

麻生に急かされたのでテストが終わった今日重い腰をあげ引退ブログを書こうかと思い筆を取った次第です。

これを書いている今日はテスト最終日7/29(月)のテスト後です。

ちなみにこれまでのテストは何とか単位は取った感触はあるのですが、先ほど徹夜に失敗してテストの時間に起きてしまい、今日の科目はあえなく落単となってしまいました。

非常に眠たいです。何故、昨日の私は徳永に呼ばれたからと言って徳永と小宮山さんと金田さんと麻雀を打っていたのでしょうか。しかも川崎市で。

 

突然ですが、果たして部活をやってきた意義はあったのでしょうか。

あまりにも人口に膾炙しており陳腐に感じられる疑問ですが、やはりこのことは考えずにはいられません。

結論から言うと、決して大いにあったとは言い難いが、確かに得るものはあったと感じています。

 

私たちは入学以来七大戦の団体戦にて勝利を経験したことがないという代でした。

七大戦初日、1戦目、特にチームに大いに貢献したわけでもないですが、こんな私でも団体として初めての勝利を経験しました。チームの皆には感謝してもしきれません。

確かにこの一瞬のためにやってきたんだという感慨があり、間違いなくそこに意義はありました。

そして2戦目、準決勝、最後の試合の内容については皆さんご存知でしょうし、あまり思い出したくもないのでここには書きません。

思えば中学1年生の時に柔道を始め、なんだかんだと高校、大学と続けてきました。凡そ半生に及ぶ学生の選手としての生活が、本当の意味で終わりました。長かったです。

このような形での幕引きとなり、悔いが残ってないと言えば嘘になります。

最後の試合を終え会場の外で項垂れていると柏崎先生が通りがかり、「柔道は人生教育。なかなか上手くいかんこともあるっちゅうことよ。これでお前もよくわかっただろう」と笑いながら声をかけてくださりました。救いの言葉でした。

その後、観客席に戻ると今夏で初めて蝉の鳴き声が聞こえてきて、確かにそこに夏の訪れを感じ、そして同時に柔道の無い第二の人生の始まりを告げているかのようで象徴的だったのが記憶に新しいです。

呑気なことを書きますが、試合に負けひとしきり泣くとしっかり腹は減り、腹を満たすとしっかりと眠たくなり、そこに自分らしさを感じて、尚且つ自分のとてもいいところだと思いました。

今や吹っ切れました。突然に膨大な時間が与えられ、引退ライフを楽しんでいる

 

……予定だったのですが、しばらく部活で行けなかったバイトに復帰すると毎月少しずつ降格してたようで時給が1000円スタートになってたり、すぐにテスト期間に入って徹夜が続いたり、テストが終わったかと思えばすぐに実習に駆り出されます。弊学科は夏休みが文字通り存在しません。

存外に忙しい日々を送っていますが、まあ概して引退前よりは余裕のある生活を送れているかと思われます。

今や引退した身なので、ピアス開けて染髪して勢い余ってタトゥーまで入れてやろうかと画策してるところです。実行に移すかはわかりません。

 

この3年と数ヶ月の柔道部の生活について。

 

この間、部活をやめようかと思ったのは枚挙に暇がありません。

 

代表的な例だと、リスフラン靭帯を切り、3ヶ月休部したときです。
降年して奨学金が切られて、これ以上親の負担をかけるわけにもいかず、そして何より生きるためにバイトに専念しました。(この期間、生まれて初めてターム単位でのフル単を達成しました)

幹部となった後に3ヶ月も部活を抜けていたこともあり正直復帰するかかなり迷いましたが、昨年の七大戦での雪辱を晴らそうと思い、戻ってきました。

 

そして、私は昔からある集団に長期間属し続けるという行為が非常に苦手で、更にそこに馴染み続けるとなると莫大な心的負担がかかる人間でした。

一定の距離以上に人を絶対に近づけないし、一定以上プライベートの時間を確保できないと発狂しそうになります。とにかく自分1人の世界が大好きなんでしょう。ただの我が儘です。

最初の方は割と頑張って輪の中に入ろうとするのですが、気が付くと組織にいる自分を客観視する自分、更には組織そのものを外から見ている自分が現れてきます。

自分で言うのもアレなのですが必要とあらば最低限の社会性を発揮する程度のコミュニケーション能力を有しており、それを引力として月と地球のようにある時期以降は付かず離れずといった距離感を保ち続けることになります。

無意識のうちに一番疲れない位置取りをするようになっているんでしょうね。人間関係を疲れるものとしている人間の性だと思います。

 

しかしそんな私でも何故最後までやめなかったか?というと、それはひとえに部員の存在です。

本人が覚えているかは知りませんが、1年生の頃に東條が絶対8人全員で揃って引退しような、と言っていたのを今でもはっきりと覚えています。そして、それは実現しました。

同期や後輩達は見捨てることなく構ってくれて、そしてその優しさはあまりにも明らかな意図的な配慮が感じられ、とても嬉しかったし周囲の人間に恵まれていたと思います。

 

 

現役部員へ。

 

私のような人間もいると思います。

正直、人によってはかなりキツいと思います。私はそうでした。

OBとしてこんなことを書くのはあまり褒められたものではないのですが、今とてもしんどいと思っている部員がいるならやめるのも1つの選択肢です。

毎朝毎朝自律神経を破壊して吐きそうになりながら満員電車に揺られて練習に行く日々もあります。

とにかく乱取りでボコボコにされ続ける日々もあります。

その先に待つのは地獄です。

練習だけではありません。

七大戦が近付くに連れて日増ししていく巨大なプレッシャーもあります。極度のプレッシャーで食が細くなり、それでも何とか胃に物を押し込める日々が続きました。正直に言うと、1ヶ月前ですらやめたいと何度思ったかわかりません。

七大戦の前日、当日なんて凄まじいものでした。
前日のオーダー会議の時点で先鋒と知らされてるわけですから、1日目なんて本当に寝られず結局2〜3時間程度の睡眠で臨むことになりました。

他の部員がどうだったかは知りません。
繰り返しますが、少なくとも私はそうでした。

それでも、最後までやりました。
最後までやって得られるものは確かにあります。

やめなかったことに後悔はありません。

それだけは保証できます。

 

後、怪我には本当に気をつけてください。

私は未だに引退直前の肋骨の怪我と足首の伸びた靭帯は治ってません。早く治したいですね。

怪我をすると試合に支障が出るのは当たり前として、普段の練習すら満足にできません。

特に先の長い1,2年生は中途半端な怪我のまま練習すると慢性化し、先の長い現役生活に大いに支障を及ぼしかねません。

 

最後に。

1留したどころか、最近では一つうえ(2留)も視野に入ってきました。

入ってきましたが、来年の七大戦に出るつもりは毛頭ありません。少なくとも応援や物資等でのサポートはするつもりです。するほど経済的に恵まれたいです。応援よろしくお願いします。

 

眠たくてまとまりがなく無駄に長い拙文となってしまいましたがこれで終わりです。ありがとうございました。

P.S.投稿して気がついたのですが、何故か私の投稿だけ行間が広くてめちゃくちゃ幅を取っていますね。修正の仕方もわからないのでこのままにします。

さらば七徳堂

どーも、四年の麻生です。先日、最後(?)の七大戦を終え引退しました。(?)をつけた意味はお察しください。現在、新キャプテンの岡くんと交渉中です。僕の意思としてはもう出るつもりはありません。
せっかくですのでものすごーく長くなりますが現役時代を振り返ろうと思います。

一年生の四月、中高で5年間柔道をして、しかし公式戦では通算2回しか勝つことのできなかった僕はその不完全燃焼感を払拭するため東大柔道部の門を叩きました。
勉学に励んで東大に来た学生たちとなら自分もそんなに負けることはないのではないか。旧帝大のみで争われる七大戦でならこれまでよりも勝つことができるのではないか。そんなことを考えながら初めての練習に行った記憶があります。
しかし、いざ道場にいくと一緒に案内された新入生は90kgをこえる樽のような体をした男(東條)、なんかグニャグニャして動きのいい男前(福島)、奈良県ベスト4の坊主(中村)と想像よりずっと強そうで、「練習ついていけるかなー。別の部にしようかなー。」とビビり倒しました。
そして練習が始まり、アップと打ち込みの後に寝技の乱取りが始まりました。七大戦が寝技中心の大会であることはなんとなく聞いていました。僕は立ち技にはかけらの自信もありませんでしたが、中高と寝技の練習が好きで人より多めにやってきていたので少し自信がありました。
「一本目やろうか。」
と声をかけていただいた先輩は白帯で小太りの弱そうな中年っぽい人(金田先輩)でした。テント列か何かでその先輩が大学で柔道をはじめたこと、しかも中高での運動経験もないことは聞いていましたので、「これは何としても一本とってやろう!」と思いました。先輩が下になる形を選ばれたので、足を抑えながら左右に回ろうとします。しかし、どういうわけか足が越えられません。気がつくと亀にされ、後ろを取られました。首だけ守っておけば大丈夫だろうとタカをくくっていると、体を伸ばされ腰をきめられ手で首を守ることができません。絞め手が左右からニュルニュルと入ってきて、首を絞められました。手でタップすることもできないので、「参りました。」と口で伝えました。
これは僕にとっては衝撃的でかつ屈辱的なことでした。5年間下手くそなりに好きでやってきた柔道で、唯一自信のあった寝技で、大学の1年間以外ロクに運動もしていない初心者の先輩に負けるとはかけらも思っていませんでした。しかも、降参の言葉を自分の口で発さなければいけなかった。これ以上の屈辱はありません。と同時に自分が知らなかった寝技の奥深さを知り、東大柔道部の育成力の高さにも驚きました。ここでなら自分も強くなれると思い、入部を決めました。
そして、白帯ながら自分のプライドを打ち砕いた弱そうで強い金田先輩の舎弟になることも即決しました。この関係は後述する中断期間を除いて今も継続しています。

はじめての七大戦は衝撃でした。いつも市内大会の序盤でまけていた自分はあれだけの熱量の試合を身近に感じたことがありませんでした。「来年はこの試合に出て、チームの力になれるよう頑張ろう。」と山中さん、木下さんの涙をみて思いました。

一年の頃の練習はとても辛かった記憶があります。先輩にボコボコにされ続ける日々でした。練習後の飯トレも嫌でした。冬の長期練習では当時エアコンのなかった部室で昼休憩の時間に心が折れかけたのも一度や二度ではありませんでした。
「この苦行を白帯スタートで耐えた金田先輩はすごいなー。ついていこうと選んだ人は間違っていなかったなー。」と思いました。
練習と飯トレはつらかったですが、先輩方は明るく優しかったので柔道が嫌になることはありませんでした。そして強くなっているという実感もありました。たまに極まる関節技と絞め技が僕にとっては心の支えでした。

二年はわりとつらいことが多かったです。四月に指を怪我して、6月半ばまで柔道ができず、復帰した直後にまた肩を負傷。病院では大したことないといわれ、七月の七大戦に1試合出場。やはり肩が痛み2試合目は外してもらいました。お世話になった阪田さんたちの代に恩返しできず申し訳なかったです。
試合後、東京に戻って再度診察してもらうと脱臼と診断され、手術を勧められました。実際乱取り中に肩が度々はずれて練習にならなかったので手術することにしました。八月のことでした。「焦るな、焦るな」と自分に言い聞かせました。
そこから12月くらいまでは部活に通いながら筋トレをしていました。しかし当時は知識が十分でなくあまり成果が出ませんでした。ただのデブと化しました。そして12月のある日、急に心が折れました。
「この小さな体で、練習をしてはケガばかり、全然強くなっていない。自分には才能がないのではないか?四年生になっても主力にはとてもなれないのではないか?自分より重い相手とばかりやっているから怪我をするのではないか?別の階級制競技に挑戦した方が幸せなのではないか?」
今思えば、ストレッチなど体のメンテナンスや筋トレで壊れない体をつくることを疎かにしていたので、ややずれた考えな気もします。しかし当時は頭の中でこんな言葉がずっとこだましていました。そして特になんのきっかけもなく心は折れました。山添の家で岡とかと飲み会をしていた日だった気がします。急に「柔道部やめよう」と思いました。
実際にやめてしまった後はそれまでも趣味でやっていたブラジリアン柔術の道場に通いました。すごく温かい道場で、道場内では若手の僕は大変可愛がっていただきました。というか、現在進行形で可愛がっていただいております。自分より体の小さいおじさん方にボコボコにされる体験は入部して以来の衝撃でした。ただ、同年代のライバルと毎日バチバチやるような環境ではないことが少し寂しかったです。

そうして本来なら出場していたはずの入学してから3度目の七大戦がやってきました。大学の学生控え室でソファに寝っ転がりながら七帝柔道速報というツイッターアカウントで結果を追っていました。肝心な時に辞めた立場でいうのは本当に身勝手なのですが、昨年の悠志さん率いるチームは本当に強かったです。優勝すると思っていました。少なくとも2日目に残るのは間違いないと思っていました。だから最下位という結果は信じられませんでした。とても悔しく思いました。「あれだけ努力している人たちがどうして報われないんだ。」と逃げた人間が身勝手な怒りを行き場なく爆発させていました。
その折に主将になった福島から「戻ってこないか」と声をかけていただきました。「何もできずに悔しいと感じるくらいなら、戻ってチームの力になりたい」と思い、再入部させていただきました。勝負の場から一度逃げた人間を温かく迎え入れてくださり、本当に嬉しかったです。とくに悠志さんの代の先輩方は内心はらわたの煮えくりかえる思いがあったと思いますが、おくびにも出さず接していただきありがとうございました。

さて戻ってきてからはまた同期にボコボコにされる日々でした。なんなら後輩でも岡なんかにはボコボコにされ、なかなか格好はつきませんでした。でも辞めていた期間にやっていた柔術も自分の中では少しずつ形になっており手応えも感じていました。
そんなときに今度は腰が壊れました。ひどいときには歩くこともままならず、「何しに戻ってきたんやろ?」と自傷的に笑ってました。
それでもさすがにもう辞めようとは思いませんでした。軽口を叩き合う同期が大好きでしたし、慕ってくれる後輩もできました。スマートでかっこいい背中は見せられなくても、悩みながらも進む背中を見せて彼らにも悩みながら進んでもらえればいいなと思いました。

上記の理由で練習は納得のいくほどにできていなかったので七大前はずっと不安でした。チームの中で分け役というポジションを明確に与えられていましたが、他大の取り役と分けきる自信は正直ありませんでした。技術面では成長したという自信も多少ありましたが、怠け者だったからかフィジカル面は十分とはいえず、とくに弱いのは精神面だと自覚していました。分けきる保証のない分け役ということで監督にとっては使いにくい駒だったとおもいます。
七大一週間前はその弱い精神面を鍛えるべく柔道部物語式メンタルトレーニングを行なっていました。「俺って天才だー。俺ってストロングだぜー。俺って馬鹿だー。」と各所で叫んでいました。
七大本番は思っていたほど緊張しませんでした。なるようになるだろうと思えました。これは上の柔道部物語式メンタルトレーニングの効果もありますが、それ以上にチームとして強いという自信があったからだと思います。うちの15人の誰一人としてあっさり負けてくる姿が想像できませんでした。
「四年生として全力を尽くす。それでも万が一自分がしくじったら、周りがなんとか帳尻をあわせてくれる。それほど強いチームだ。」
そう思えました。だからチキンハートの僕が堂々と試合場に上がれました。

この写真をみたら僕がどれほど堂々としていたか、わかると思います。一人で東北大全員を相手にしようとしているかのようですね。(アクシデントで対戦相手の道着がやぶれ、着替えている時の写真です。このとき福島がしきりに「麻生、お前ストロングだからなー。いけるぞ。」と言っていて思わず笑ってしまいました。)

結果として僕の試合は2試合とも他大の堅い分け役との分け役バトルになりました。僕の実力でとるのは難しいとも思いましたが、少しでも攻めてチームを勢いづけよう、と思いました。結局二人ともむちゃくちゃ堅くて何もさせてもらえませんでした。残念。かっこいいところ見せられなくてごめんね、後輩たち。
試合後のレセプション会場で他大の人たちが「今年の東大はつよかった。警戒していた。」としきりに言ってくれて、優勝には届かず決勝戦にもたどり着けませんでしたが、とても誇らしく思えました。個人としても、「全然試合に出ていない僕は他大では誰にも知られてないだろう」と思っていたので何人かに少し褒めていただいてとても嬉しかったです。お世辞もあるでしょうが、素直に喜びます。戻ってきて本当によかった。苦労も報われました。

ようやく現役時代の振り返りが終わりました。長すぎるので後輩へのメッセージなどは部誌にでも別でかきます。師範、前師範、部長、前部長、コーチ、トレーナーさん、監督、OBの方々をはじめ支えてくださった全ての方々ありがとうございました。おかげさまで立ち止まったり道に迷ったりしながらもなんとか現役の三年三ヶ月を終えることができました。
自分は思い描いていたほど良い選手にはなれませんでした。それでも後悔はありません。そう思えるのは仲間に恵まれたとおもいます。もう普通の柔道をやることはありませんが、寝技は好きなので続けていきます。自分のペースでゆっくりと強くなっていきます。そしてその限り僕の中には東大柔道部スピリットが生き続けるでしょう。東大柔道部ありがとう。
これからは夜の寝技も頑張るぜ。

引退しました。

4年の德永です。

さる7月7日、私は最後の試合を終え、引退しました。正直試合の直後は引退したという実感があまり湧いておらず、何かよくわからない気分でした。山添が4年生のためにものすごい勢いで泣いてくれて、あまりの勢いに少し笑ってしまったのを覚えています。

1日目に、私たちは入部して以来ずっと喉から手が出るほど欲しかった1勝を手にしました。試合が終わった瞬間、感極まってしまい、優勝するまでは泣くまいと思っていたのですが、自然と涙が溢れてきました。これまでお世話になってきた先輩方の目の前で、やっとチームとして1勝を手にし、入部以来初めて2日目進出を決められたことが本当に嬉しかったのです。見苦しいところをお見せしてすいませんでした。

しかし、個人としては幹部として取ってくることを期待して送り出されたにもかかわらず、取ることができず、明日こそ幹部の仕事を果たして優勝するぞ、と気持ちを入れ直しました。それなのに、私は結局最後まで仕事を果たすことはできませんでした。この1年間、ずっと取り役になることを期待されて、私もそれを目指して練習してきたつもりでした。しかし、最後の最後で東北戦で2人目に瞬殺され、のびのび活躍させてやれるはずだった真野に尻拭いをさせてしまったのは、ひとえに私の練習への姿勢の甘さ、気持ちの弱さが原因であり、チームの足を引っ張ってしまったことへの悔しさや申し訳なさが、試合の後からどんどん大きくなっています。このチームは優勝を狙えるチームだったと思いますし、その力はありました。後輩たちは本当にいい試合をしてくれただけに、チームの皆には本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

後輩たちはすでに新たな体制となり、来年の七大戦優勝を目指して頑張っています。後輩たちは本当に強いので、来年こそは優勝できると思います。岡主将の練習は非常にきついと思いますが、私も時々練習に行ったりして、後輩たちの成長をできるだけ手助けしたいです。

最後に、お世話になった先生方、先輩方、同期の皆、後輩たちには誠に感謝しております。本当にありがとうございました。最後に悔いを残してしまいましたが、幸せな3年と3ヶ月でした。今後の現役部員たちの成長、活躍を心から願っています。

7/7

七大本番3週間前。

ありえない方向に折れ曲がった指を見て、あまりのショックに道場のど真ん中でめまいを起こし倒れてしまった。

チームの士気を下げてしまう行為だ。あそこで心の平静を保てなかったことは今でも反省している。

診断は右薬指完全脱臼および側副靭帯損傷。医師からは2ヶ月間の安静と運動禁止を言い渡された。

もう無理だ、終わったと思った。

かれこれ10年ほど柔道をやってきた身だ。気持ちだけではどうにもならないことがあることは自分が一番わかっていた。

しかし。僕は人に恵まれた。たくさんの言葉をもらった。

「苦しくなってからが勝負だよ」
「柔道は相手との勝ち負けじゃない、自分との勝負だから」

まさにこういう言葉が欲しかった。残り少ないがやれるだけやってみよう。

特にトレーナーの久我さんには本当にお世話になった。忙しい中、最後まで僕のわがままを聞いて道場まで治療に来てくれた。

試合3日前になっても柔道着を握ることができない状態であったが、不思議と絶望はなかった。試合に出て、今まで支えてくれた全ての人へ恩返しをしなければならない。

それにモチベーションもあった。ぶっつけ本番での調整だったが、「俺はやれる」ということをみんなに見せたかった。

そして七大戦本番。本調子には程遠かったが、なんとかチームの一員として試合に出ることができた。

何より入部して初めての、願ってやまなかった七大戦での勝利を手に入れることができた。準決勝は紙一重だったが、出し切ったといってもいい。

怪我をしたのが遠い昔のようだ。奇跡のような3週間であった。本当に。幸せだった。こんな経験をさせてくれたチームのみんな、今まで指導してくれた先生方、先輩方、レベル差などかけ離れているのに、嫌な顔一つせず何度も稽古をつけてくれた日本大学柔道部の皆さん、僕と関わってくれた全ての人に本当に感謝している。

改めてここまで自分の話ばかり書いてきたが、本当にチームとして勝ててよかったと思う。試合後、何人かの後輩たちが今までありがとうございました、と声をかけてきた。優勝できなかったという悔しさこそ滲み出ていたが、みな自分たちの試合に納得しているようだった。

これでよかった。過去3年間、散々お世話になったのにも関わらず、1勝もできずに去っていった先輩方に対してなんと声をかけていいのか、本当にわからなかったのだから。

東京大学柔道部4年 東條 裕紀

東京都国公立柔道大会

こんにちは2年の今野です。
6/9に東京都国公立柔道大会がありました。

団体では1回戦7-0で海洋大に勝利、準決勝4-3で一橋大に勝利、決勝2-5で学芸大に敗退し準優勝でした。

個人では無差別級で3年真野が準優勝、無段の部で1年宮部が準優勝、女子の部で3年佐々木が優勝でした。

七大戦につながる良い試合ができたと思います。本番まで一ヶ月きりました。今まで以上に気を引き締めて練習に励んでいきたいです。

令和元年度・赤門総会(その2・部長歓送迎会)

引き続き、催された部長歓送迎の様子です。

◆2007年春から2019年3月まで12年間部長を務められた、前部長・松原 隆一郎先生によるご挨拶

◆現役部員からの花束・記念品贈呈(左端:主将・福島さん、右端:4年生 淺井さん)

◆OB・OGの方々からのご挨拶

2017年卒OB・元主将・山中さん

2009年卒OG・元女子主将・黒川さん

2009年卒OB・前監督・小宮山さん

◆新部長・国枝 正典先生のご挨拶(国枝先生は昭和55年卒の東大柔道部OBでいらっしゃいます)

◆現役部員からの花束・記念品贈呈(左端:3年生 真野さん、右端:3年生 岡さん)

◆現役部員を背に、福島主将のエール