新入部員自己紹介 重松明芸

初めまして。新入部員の重松明芸(しげまつあきのり)です。所属は文科三類です。埼玉県立浦和高校を卒業後1年間河合塾で経験を積み、今年東京大学に入学いたしました。身長は164cm、体重は63kg、段位は初段です。今年は新型コロナウイルス の影響で部活・サークル選びに苦労している一年生がたくさんいるようですが、僕は受験勉強をしている時から東大に合格したら柔道部に入部しようと決めていました。その想いの起源は、高校での部活の終わり方にあります。

自分は柔道を高校から始めました。浦和高校柔道部は上下関係も厳しくなく部の雰囲気は和やかなものでした。しかし、僕が入学したのと同じ年に県内随一の柔道強豪校の顧問が浦和高校に異動してきたということで、練習はキツいものでした。(顧問)「すりあげ腕立て100回!」(部員一同)「押忍!1、2、3、・・・、50、51…」(顧問)「OOがサボった、やり直し!」という理不尽なトレーニングを思い出します。しかし僕は、このような厳しい練習に生きている実感を見出しました。自分を苛め抜くことは達成感につながるものです。このように僕は柔道に熱中していたのですが、試合の結果は酷いものでした。正直に申し上げますと、公式戦で一度も勝利できないまま引退となってしまったのです。17人の部員がおり団体戦には一度しか出場できず、個人戦でも延長戦まで戦って敗れるなどここぞというときの弱さが出てしまいました。

このような結果で2018年6月に浦和高校柔道部を引退して以降、自分は堕落した人間になってしまいました。引退から2年が経っており、現在の僕の柔道は初心者同様のレベルと思われます。精神面に至りましても、今は何をするにも集中力が足りていないことを自覚しております。自らの肉体と精神を苛め抜く悦びというものを再度思い出し、人間として更生したいと考えております。七大戦でのチームの勝利に貢献できるような選手を目指します。よろしくお願いします。

新入部員自己紹介 岡本雄揮

どうも、初めまして。1年の岡本雄揮です。所属は理科2類で山路の紹介にある通り灘高校出身です。灘高校出身ということは岡先輩や世羅先輩、幸田先輩の高校からの後輩にあたります。このお三方の存在が僕を東大柔道部に導いた(引きずり込んだ?)のは言うまでもありません。高2まで京大の理学部を志望していたのですが、昨年の春、もう柔道部には入らないだろうと高を括っていた幸田・世羅両先輩が東大柔道部に入部し岡先輩も合わせて三人から勧誘を受け、その上京大の理学部では入学後の成績で学科が決まると聞いて東大の新振り制度と変わらない事に気づき、結局高3の秋には東大を志望していました。以前勧誘していただいた京大の先輩に申し訳ないことをしてしまいました。しかし、東大にいかせてもらえることになった以上、東大柔道部員として頑張ろうと思っています。

僕の柔道歴は10年ほどになります。小学1年生になる手前に体の小さい僕を心配した両親が柔道、剣道、合気道のどれをやる?と聞いて何もわからず柔道と答えたことがきっかけだった気がします。受験勉強で間が空いてしまっているのですがなぜここまで続けてきたのか自分でも不思議です。ただ、これまで柔道をしてきた環境が強豪と呼べるような環境ではなく緩く楽しく柔道を続けられたことが良かったのかもしれません。

 現在コロナウイルスの関係で大学側からなかなか柔道部の練習の許可がおりないらしく練習できない期間が長くなり体力的には不安しかないのですが今出来ることとして、67kgの小さな体を大きくすべく増量に精を出しています。早く練習ができる状況に戻るのを祈るばかりです。ここまで読んでいただきありがとうございました。次は浦和高校出身の重松です。よろしく。

新入部員自己紹介 山路琉月

初めまして。山路琉月と申します。よく名前が珍しいと言われますが、実は昨年歌舞伎町でメンヘラっぽい女性に刺された時の写真が流出して有名になったホストの名前と漢字が一緒です。ホストの方は”るな”と読むらしいですが、自分は硬派なのでそのまま”りゅうげつ”です。性格に加え170cm 81kgの所謂ちびデブな体型なので、ホストの様な人間とは程遠いはずなのですが、まさかの名前被りには不思議な縁を感じます。

出身は麻布学園という中高一貫校です。知っている方もいるかもしれませんが、麻布は校則がなく、私服登校で髪を染めたりできるなど自由な校風で有名です。小学校卒業時で既に165cm 90kgの巨漢であった自分は、恵まれた体躯を生かすべく中学から柔道を始めました。(現在の身長体重を思うと、早熟なだけでそこまで体格に恵まれていなかったことに気づき悲しく思っています。)麻布柔道部は、その麻布特有の空気のためか、180cm100kgの強面顧問が部員にいじられるという異質でゆるふわな雰囲気を醸し出していました。怒声が響き根性論が横行する柔道部のイメージとは裏腹に、上下関係も緩く後輩に舐められる毎日でしたが、愉快な部員と優しい顧問に恵まれた素晴らしい環境だったと思います。自分は髪も染めず授業にちゃんと出席し定期テストも頑張るタイプの人間で麻布らしさは微塵もないのに、隙あらば麻布自慢をしてしまうのは知り合い自慢をする人の様な感じで悪い癖ですね。

東大受験を決めてから、競技への未練に加え、東大柔道部という響きへの憧れが受験の密かな原動力になっていたため、入部は以前から決心していました。体力は全くと言っていいほどなく、コロナ騒動で練習できないのも相まってついていけるのか不安しかないですが、初志貫徹してチームに貢献できる様頑張りたいと思っています。駄文が長くなってしまいましたがこれで終わりです。次は灘高校出身の岡本にバトンタッチします。

新入部員自己紹介 米山侑輝

ご紹介に預かりました、110kgの米山侑輝です。ちなみに私は同期の中でなぜか少数派の現役合格なのですが、新入というよりは侵入してきたという位のギリギリの点数で受かってしまいました。具体的には合格最低点+0.3点でした。運命とはなんとも残酷ですね。しかし、現役合格するといっぱい留年できるので嬉しいです。出身高校は仙台二高という学校で、一応東北一の学力を名乗っているのですが、約半数は浪人するという素敵な学校です。他にも、かの”空気投げ”三船久蔵十段の出身校(当時は仙台二中)であり、それだけでずっーとおまんまを食い続けてるような学校とも言えます。いわゆる典型的な地方進学校という訳です。
私の柔道歴は高校からです。中学時代は羽遊びで無駄にしてしまいました。非常に後悔しています。高校時代は部員数が少なかったことや指導者も不足していたせいでなんだか練習に身が入らなかったり、なんだか勝てなかったりで、正直消極的な姿勢で練習していた方が多かったと思います。その結果は如実に現れ、公式戦では1,2回しか勝った覚えがありません。部活が終わるとき、もしくは卒業式時点では「もう柔道はやらん!」と思っていたはずが、練習を見に行ったりするうちにいつの間にか入部していました。高校のときのやり残しが小骨のように引っ掛かっていた、部の雰囲気が良かったというのもそうですが、ここで何かに燃えつきてみなくては僕の人生がどうにもならないように感じたのが一番大きいです。福岡の七大戦の舞台で、先輩達や他大の選手がそれまでの練習の成果を文字通りぶつけ合う姿をみて、ここに自分の求めていた負けられない戦いがあるのだと確信しました。今度は自分に言い訳しない、まさに最後の七大戦まで、燃え尽きるための柔道をしていきます。

新入部員自己紹介 宮部壮貴

こんばんは。8月18日0時00分ピッタに投稿するほど几帳面で、時空歪め師世羅”さん”にご紹介預かりました宮部壮貴と申します。名前は”あきたか”と読みます。初見で読める人は存在しないと思われますが… 最初に言っておくと、僕は実は時空をもう1段階歪ませた人間です。1回は留学で、もう1回は皆さんの御察しの通りです。柔道部以外では同い年はそんな変わらない気がするのに、柔道部では色々な面で先輩にしか感じられないのが不思議です。
さて、本題の柔道の話へ移りたいと思います。僕の柔道経験は中学での2年程と短いです。また、柔道を始めた理由も、自分の家族が柔道一家だったからです。正直に申しますと、僕は柔道が大嫌いでした。僕の学校は中高一貫で、入部当初、先輩は1番近くて高校1年でした。よくわからない補強運動を教えられ、夏休みの練習ではボコボコに投げられ、その辛さを共有できる仲間がいなかったのが僕を柔道から遠ざけたのかな、と今振り返ると思います。ですが、そんな辛い環境ではありましたが、先生や先輩方は丁寧に指導してくださっていました。そんな中、言い訳ばかりして積極的に逃げていたのは自分だったのではないか、その気持ちが徐々に強くなり、今では確信に変わっています。だからこそ、そんな中途半端な自分におさらばしたく、大学では4年間、柔道をやり抜こうと決めました。なので、どんなことがあっても柔道部は辞めるつもりはありません。

今では柔道が大好きです。

最後に、こんなこというのも恥ずかしいですが、僕は今同期に7人ものメンバーを持てて本当に幸せだと思います。練習での辛さや寝技の技術を共有できる仲間がいると思うと、とても心強いです。この7人で切磋琢磨し合いながら、4年の代のとき、悔いを残さず終われるように頑張りたいと思います!

次は、最後!体重3桁・(過激)思想家など異色の才能をもつ米山へバトンタッチします。

新入部員自己紹介 世羅 文哉

はじめまして。世羅文哉です。出身高校は偉大なる岡主将と同じ灘高校で2年後輩です。岡主将との学年差を守るべくあえて時空の歪みに突っ込んだところ、頼れる後輩であった一徹と同期になってしまいましたが、それもまた一興かなと思います。同期一の常識人を自負しており点数大事テスト大事と思っていましたが、落とさなければどうということはないと思い始めています。柔道部に染まってきたということでしょうか。

柔道は中学から始めました。灘校柔道部になんとなく見学に行ったのですが、なんと見学者第1号で熱烈な歓迎を受け、そのノリで入部しました。大学では柔道しないと固く固く決心していましたが、一度くらいチヤホヤされたいと思ってテント列に参加したのが運の尽きでした。中高男子校の僕にとって、他団体の勧誘は心身共に疲労を要するものであり、クタクタになって進んでいたところ柔道部のテントを発見し、妙な安心感を覚えました。そこからなんやかんやあって結局入部してしまいました。(柔道の魔力?は怖いもので少しやっていない期間があるとやりたいと思ってしまいます)
七大戦に人数合わせで登録されてからは先輩方と同じ練習に参加しました。これが現役時から10キロ以上太り鈍った僕にはとても辛く、いつまで続くかなと不安にもなりましたが、七大戦で試合をしている先輩方の姿を見てその不安はなくなりました。めっちゃかっこよかったです。今は立ち技を捨てて寝技の練習に励んでいます。夏練は確かに辛いですが寝技の技術に驚く毎日で結構楽しいところもあります。(それでも辛い>楽しいですが)

僕にとって辛いのが増量です。浪人中は運動ゼロ+変わらぬ食生活で12キロ太りました。これを岡主将は「太る才能」と言いました。しかし飯を食べられないなりに食べてはいたもののの、7月には入部当初から5キロ減りました。よって僕は運動をしないと太るが、激しい運動をしている時はその限りではなく、太る才能のないごく普通の人だということがわかりました。かと思いきや夏練に入って2週間、1キロ増えました。やっぱり太る才能があったのでしょうか。

長くなりましたがこれで終わります。次はオーストラリアから来た同期一、いや柔道部一の陽キャ、宮部よろしく。

新入部員自己紹介 幸田一徹

初めまして。東大柔道部新入部員の幸田一徹です。親は「徹底的に一番」という意味を込めて一徹という名前をつけたとのことで、そのおかげか今年現役で日本文系最難関と誰もが認める東京大学文科3類に合格することが出来ました。

僕の出身高校は灘高校です。現在弊部を率いておられる岡主将 は灘の先輩でもあり、中学生の頃から稽古をつけていただいていました。灘の時は3学年上だった岡主将ですが、大学で再開すると2学年上になっていましたね。

話を自己紹介に戻しますが、仮面ライダースーパーワンが空手をやっていたことに憧れて空手に似ている柔道を始めてから、はや12年が経ちました。柔道歴こそ長くても体格に恵まれていない僕は七大戦での活躍を目標とする上で課題しかない状態ですが、先の七大戦準決勝での悔しさをバネにきつい夏練に励んでいます。

実のところ僕は、大学生になったら柔道をやめるつもりでした。東大入試の翌日にパーマをかけに美容院に行き、ネックレスをつけ、イヤリングを買い、髪染め君髪染めちゃん達との楽しいサークルワイワイ大学生活が始まるのを待ち焦がれていました。しかし高校生まで柔道を軸とした生活しか送ってこなかった体が行き着いた先はやはり柔道部でした。上京する時にキャリーバッグに柔道着を念のためと入れていた僕が柔道に未練があったことは今思えば明らかですね。今はまた柔道の魅力を再確認し楽しい柔道漬けライフを送っています。

ここらで自己紹介を終わりたいと思います。ありがとうございました。次は同じ灘高校出身の世羅さんです。さん付けしている点についてはお察しください。

新入部員自己紹介 関 靖川

はじめまして、関 靖川(カン ヤスカワ)と言います。奈良県にある西大和学園高等学校出身です。奈良の高校といえば、東大寺学園という方も多いと思いますので、自身の出身校の知名度を広めるべく、母校を宣伝させてもらいます。なんとこの西大和学園、時には京都大学合格者数全国1位となったこともあります。また、文科省指定の積極的な科学教育とグローバル教育を推進する高校という意味で、sshとsghという称号の両方を手に入れている数少ない高校であります。現在は京都大学よりも東京大学に力を入れている様子でかく言う僕も東京大学を受けました。ただし、勉強の方に力を入れているのは明白ですがその他の活動には実情、あまり力が入っておらず、勉強はできても…. な人(僕)を生み出してしまいます。僕の場合、人間関係はもちろん苦手ですし、精神もかなり不安定で、そこら辺を今まで鍛えてこなかったことは間違いありません。柔道部に入ることで肉体的にも精神的にも強い人になれるんじゃないかと思い、入部しました。柔道経験が小学校の時にあったことも入部のきっかけです。立ち技をあまりせず、寝技ばかりで初めは戸惑うこともありましたが、今はあまり気にならなくなりました。部に入った以上は部の目標である七大戦優勝に乗っ取り、勝てなくても、分けられるようになるため頑張りたいと思います。ですから、当面の目標は亀取りで先輩の攻撃に二分間耐え抜けるようになることです。

新入部員自己紹介 小笠原優

はじめまして。新入部員の小笠原優です。優と書いてマサルです。愛光高校という愛媛県の高校出身です。といっても高校を卒業すると同時に不思議な力が働き、その結果なんと2回も時空が歪んでしまいました。2回歪めば歪んでいない状態に戻るとおもったのですが、残念ながらそんなことはなく、1年生ながら楽勝で酒タバコを購入することができてしまいます。まぁその分長生きするので問題ないです。
柔道の話をします。私は柔道経験がありません。もちろん白帯です。得意技はありません。今までやってきたスポーツはサッカーやバスケといった球技ばかりです。そんな私が大学から柔道を始めようと思った理由は、色々ありますが一番は「だらしなくて心身共に弱い自分と決別したかったから」です。我ながら男前な理由ですね。厳しい柔道部で頑張れば例え女子うけが良くなかったとしても、自分が好きな自分になれるのではないかと期待して入部しました。先の七大戦の先輩方の姿を見てその期待は確信へと変わりました。今のところ退部する予定はありません。とは言っても素人の私にとって柔道部の練習ははっきり言って地獄です。
現在、夏練が始まり2週間が経ちました。今の時点で私の手はボロボロになってしまい、練習中に2回吐いてしまいました。果たして私はこの夏練を乗り切ることができるのかというのが目下の心配です。ていうかこれをあと3年続けるのかと思うと戦々恐々としています。ですがその厳しさを求めて自分からこの部に入ったので、やめることはないだろうと思います。そしてこれからの七大戦では少しでもチームに貢献したいと思っています。長くなってしまいましたがこれで自己紹介をおわります。明日は新入部員随一の奇人、関靖川です。

2018年度入部 自己紹介⑥

はじめまして、一年の山口麟太郎です。静岡県の清水東高校からきました。

 僕は小学3年の頃に道場に通い始め、中3までそこで柔道を続けていました。高校では柔道部員が一人だったことや関節技が怖かったなどの理由から柔道部に入るのを断念しました。そんなこんなで文化部に入り、暇になったら一人でお勉強したりしていました。この暇な時間が長すぎて東大に入れたのかもしれません。しかし大学でも同じような生活を送るのはつまらないと思ったので運動会の柔道部に入ろうと決意しました。

 しっかり身体を動かすのは中3以来でとても楽しく柔道をしていたのですが、6月初旬の練習試合の中で右橈骨を骨折してしまいました。手術が必要なくらいがっつり折ってしまい、体内に金属を突っ込む羽目になってしまいました。今その金属を抜く手術を終えたばかりで実はこのブログは病院の中で書いています。今月下旬から復帰出来るそうです。楽しみです。

 目指す柔道スタイルはまだ決まっていません。でも寝技が強い七大戦士になりたいという意思は固まっています。先の七大戦で白熱した寝技の攻防を目の当たりにして圧倒されました。僕もあんなかっこいい試合をしたいです。そのために日々精進して練習に励みます。よろしくお願いします。