新入部員自己紹介 米山侑輝

ご紹介に預かりました、110kgの米山侑輝です。ちなみに私は同期の中でなぜか少数派の現役合格なのですが、新入というよりは侵入してきたという位のギリギリの点数で受かってしまいました。具体的には合格最低点+0.3点でした。運命とはなんとも残酷ですね。しかし、現役合格するといっぱい留年できるので嬉しいです。出身高校は仙台二高という学校で、一応東北一の学力を名乗っているのですが、約半数は浪人するという素敵な学校です。他にも、かの”空気投げ”三船久蔵十段の出身校(当時は仙台二中)であり、それだけでずっーとおまんまを食い続けてるような学校とも言えます。いわゆる典型的な地方進学校という訳です。
私の柔道歴は高校からです。中学時代は羽遊びで無駄にしてしまいました。非常に後悔しています。高校時代は部員数が少なかったことや指導者も不足していたせいでなんだか練習に身が入らなかったり、なんだか勝てなかったりで、正直消極的な姿勢で練習していた方が多かったと思います。その結果は如実に現れ、公式戦では1,2回しか勝った覚えがありません。部活が終わるとき、もしくは卒業式時点では「もう柔道はやらん!」と思っていたはずが、練習を見に行ったりするうちにいつの間にか入部していました。高校のときのやり残しが小骨のように引っ掛かっていた、部の雰囲気が良かったというのもそうですが、ここで何かに燃えつきてみなくては僕の人生がどうにもならないように感じたのが一番大きいです。福岡の七大戦の舞台で、先輩達や他大の選手がそれまでの練習の成果を文字通りぶつけ合う姿をみて、ここに自分の求めていた負けられない戦いがあるのだと確信しました。今度は自分に言い訳しない、まさに最後の七大戦まで、燃え尽きるための柔道をしていきます。

新入部員自己紹介 宮部壮貴

こんばんは。8月18日0時00分ピッタに投稿するほど几帳面で、時空歪め師世羅”さん”にご紹介預かりました宮部壮貴と申します。名前は”あきたか”と読みます。初見で読める人は存在しないと思われますが… 最初に言っておくと、僕は実は時空をもう1段階歪ませた人間です。1回は留学で、もう1回は皆さんの御察しの通りです。柔道部以外では同い年はそんな変わらない気がするのに、柔道部では色々な面で先輩にしか感じられないのが不思議です。
さて、本題の柔道の話へ移りたいと思います。僕の柔道経験は中学での2年程と短いです。また、柔道を始めた理由も、自分の家族が柔道一家だったからです。正直に申しますと、僕は柔道が大嫌いでした。僕の学校は中高一貫で、入部当初、先輩は1番近くて高校1年でした。よくわからない補強運動を教えられ、夏休みの練習ではボコボコに投げられ、その辛さを共有できる仲間がいなかったのが僕を柔道から遠ざけたのかな、と今振り返ると思います。ですが、そんな辛い環境ではありましたが、先生や先輩方は丁寧に指導してくださっていました。そんな中、言い訳ばかりして積極的に逃げていたのは自分だったのではないか、その気持ちが徐々に強くなり、今では確信に変わっています。だからこそ、そんな中途半端な自分におさらばしたく、大学では4年間、柔道をやり抜こうと決めました。なので、どんなことがあっても柔道部は辞めるつもりはありません。

今では柔道が大好きです。

最後に、こんなこというのも恥ずかしいですが、僕は今同期に7人ものメンバーを持てて本当に幸せだと思います。練習での辛さや寝技の技術を共有できる仲間がいると思うと、とても心強いです。この7人で切磋琢磨し合いながら、4年の代のとき、悔いを残さず終われるように頑張りたいと思います!

次は、最後!体重3桁・(過激)思想家など異色の才能をもつ米山へバトンタッチします。

新入部員自己紹介 世羅 文哉

はじめまして。世羅文哉です。出身高校は偉大なる岡主将と同じ灘高校で2年後輩です。岡主将との学年差を守るべくあえて時空の歪みに突っ込んだところ、頼れる後輩であった一徹と同期になってしまいましたが、それもまた一興かなと思います。同期一の常識人を自負しており点数大事テスト大事と思っていましたが、落とさなければどうということはないと思い始めています。柔道部に染まってきたということでしょうか。

柔道は中学から始めました。灘校柔道部になんとなく見学に行ったのですが、なんと見学者第1号で熱烈な歓迎を受け、そのノリで入部しました。大学では柔道しないと固く固く決心していましたが、一度くらいチヤホヤされたいと思ってテント列に参加したのが運の尽きでした。中高男子校の僕にとって、他団体の勧誘は心身共に疲労を要するものであり、クタクタになって進んでいたところ柔道部のテントを発見し、妙な安心感を覚えました。そこからなんやかんやあって結局入部してしまいました。(柔道の魔力?は怖いもので少しやっていない期間があるとやりたいと思ってしまいます)
七大戦に人数合わせで登録されてからは先輩方と同じ練習に参加しました。これが現役時から10キロ以上太り鈍った僕にはとても辛く、いつまで続くかなと不安にもなりましたが、七大戦で試合をしている先輩方の姿を見てその不安はなくなりました。めっちゃかっこよかったです。今は立ち技を捨てて寝技の練習に励んでいます。夏練は確かに辛いですが寝技の技術に驚く毎日で結構楽しいところもあります。(それでも辛い>楽しいですが)

僕にとって辛いのが増量です。浪人中は運動ゼロ+変わらぬ食生活で12キロ太りました。これを岡主将は「太る才能」と言いました。しかし飯を食べられないなりに食べてはいたもののの、7月には入部当初から5キロ減りました。よって僕は運動をしないと太るが、激しい運動をしている時はその限りではなく、太る才能のないごく普通の人だということがわかりました。かと思いきや夏練に入って2週間、1キロ増えました。やっぱり太る才能があったのでしょうか。

長くなりましたがこれで終わります。次はオーストラリアから来た同期一、いや柔道部一の陽キャ、宮部よろしく。

新入部員自己紹介 幸田一徹

初めまして。東大柔道部新入部員の幸田一徹です。親は「徹底的に一番」という意味を込めて一徹という名前をつけたとのことで、そのおかげか今年現役で日本文系最難関と誰もが認める東京大学文科3類に合格することが出来ました。

僕の出身高校は灘高校です。現在弊部を率いておられる岡主将 は灘の先輩でもあり、中学生の頃から稽古をつけていただいていました。灘の時は3学年上だった岡主将ですが、大学で再開すると2学年上になっていましたね。

話を自己紹介に戻しますが、仮面ライダースーパーワンが空手をやっていたことに憧れて空手に似ている柔道を始めてから、はや12年が経ちました。柔道歴こそ長くても体格に恵まれていない僕は七大戦での活躍を目標とする上で課題しかない状態ですが、先の七大戦準決勝での悔しさをバネにきつい夏練に励んでいます。

実のところ僕は、大学生になったら柔道をやめるつもりでした。東大入試の翌日にパーマをかけに美容院に行き、ネックレスをつけ、イヤリングを買い、髪染め君髪染めちゃん達との楽しいサークルワイワイ大学生活が始まるのを待ち焦がれていました。しかし高校生まで柔道を軸とした生活しか送ってこなかった体が行き着いた先はやはり柔道部でした。上京する時にキャリーバッグに柔道着を念のためと入れていた僕が柔道に未練があったことは今思えば明らかですね。今はまた柔道の魅力を再確認し楽しい柔道漬けライフを送っています。

ここらで自己紹介を終わりたいと思います。ありがとうございました。次は同じ灘高校出身の世羅さんです。さん付けしている点についてはお察しください。

新入部員自己紹介 関 靖川

はじめまして、関 靖川(カン ヤスカワ)と言います。奈良県にある西大和学園高等学校出身です。奈良の高校といえば、東大寺学園という方も多いと思いますので、自身の出身校の知名度を広めるべく、母校を宣伝させてもらいます。なんとこの西大和学園、時には京都大学合格者数全国1位となったこともあります。また、文科省指定の積極的な科学教育とグローバル教育を推進する高校という意味で、sshとsghという称号の両方を手に入れている数少ない高校であります。現在は京都大学よりも東京大学に力を入れている様子でかく言う僕も東京大学を受けました。ただし、勉強の方に力を入れているのは明白ですがその他の活動には実情、あまり力が入っておらず、勉強はできても…. な人(僕)を生み出してしまいます。僕の場合、人間関係はもちろん苦手ですし、精神もかなり不安定で、そこら辺を今まで鍛えてこなかったことは間違いありません。柔道部に入ることで肉体的にも精神的にも強い人になれるんじゃないかと思い、入部しました。柔道経験が小学校の時にあったことも入部のきっかけです。立ち技をあまりせず、寝技ばかりで初めは戸惑うこともありましたが、今はあまり気にならなくなりました。部に入った以上は部の目標である七大戦優勝に乗っ取り、勝てなくても、分けられるようになるため頑張りたいと思います。ですから、当面の目標は亀取りで先輩の攻撃に二分間耐え抜けるようになることです。

新入部員自己紹介 小笠原優

はじめまして。新入部員の小笠原優です。優と書いてマサルです。愛光高校という愛媛県の高校出身です。といっても高校を卒業すると同時に不思議な力が働き、その結果なんと2回も時空が歪んでしまいました。2回歪めば歪んでいない状態に戻るとおもったのですが、残念ながらそんなことはなく、1年生ながら楽勝で酒タバコを購入することができてしまいます。まぁその分長生きするので問題ないです。
柔道の話をします。私は柔道経験がありません。もちろん白帯です。得意技はありません。今までやってきたスポーツはサッカーやバスケといった球技ばかりです。そんな私が大学から柔道を始めようと思った理由は、色々ありますが一番は「だらしなくて心身共に弱い自分と決別したかったから」です。我ながら男前な理由ですね。厳しい柔道部で頑張れば例え女子うけが良くなかったとしても、自分が好きな自分になれるのではないかと期待して入部しました。先の七大戦の先輩方の姿を見てその期待は確信へと変わりました。今のところ退部する予定はありません。とは言っても素人の私にとって柔道部の練習ははっきり言って地獄です。
現在、夏練が始まり2週間が経ちました。今の時点で私の手はボロボロになってしまい、練習中に2回吐いてしまいました。果たして私はこの夏練を乗り切ることができるのかというのが目下の心配です。ていうかこれをあと3年続けるのかと思うと戦々恐々としています。ですがその厳しさを求めて自分からこの部に入ったので、やめることはないだろうと思います。そしてこれからの七大戦では少しでもチームに貢献したいと思っています。長くなってしまいましたがこれで自己紹介をおわります。明日は新入部員随一の奇人、関靖川です。

2018年度入部 自己紹介⑥

はじめまして、一年の山口麟太郎です。静岡県の清水東高校からきました。

 僕は小学3年の頃に道場に通い始め、中3までそこで柔道を続けていました。高校では柔道部員が一人だったことや関節技が怖かったなどの理由から柔道部に入るのを断念しました。そんなこんなで文化部に入り、暇になったら一人でお勉強したりしていました。この暇な時間が長すぎて東大に入れたのかもしれません。しかし大学でも同じような生活を送るのはつまらないと思ったので運動会の柔道部に入ろうと決意しました。

 しっかり身体を動かすのは中3以来でとても楽しく柔道をしていたのですが、6月初旬の練習試合の中で右橈骨を骨折してしまいました。手術が必要なくらいがっつり折ってしまい、体内に金属を突っ込む羽目になってしまいました。今その金属を抜く手術を終えたばかりで実はこのブログは病院の中で書いています。今月下旬から復帰出来るそうです。楽しみです。

 目指す柔道スタイルはまだ決まっていません。でも寝技が強い七大戦士になりたいという意思は固まっています。先の七大戦で白熱した寝技の攻防を目の当たりにして圧倒されました。僕もあんなかっこいい試合をしたいです。そのために日々精進して練習に励みます。よろしくお願いします。

2018年度入部 自己紹介②

初めまして。栃木県立宇都宮高校出身の文科三類枝野良洋です。自己紹介として高校までの部活となぜ柔道部に入ったかを書きたいと思います。

中学では弓道部に所属していました。理由は部活動見学の時になんかかっこいいなあと思ったからな気がします。しかし正直中学の練習はゆるく、また自分のダメなところと向き合ってなかったので結果が出ませんでした。やり残しと言うか後悔の念があったため、高校でも弓道部に入りました。結果はゴキブリ以下の鼻くそでしたが必死に自分と向き合ったためかやり残しは全く感じず、大学では違うことをやろうかなあと思ってました。                                次に柔道部に入ったわけを書きます。高校の授業で、面などの道具で窮屈な剣道ではなく柔道を選択したのが始まりだと思います。学校内で授業の終わりに柔剣道大会というのがあって、そこで弓道部の同期に一瞬で負けたのが悔しくて未練が残り、なんかもっとやってみたいなあと思いました。弓道場の隣が柔道場だったこともあり、より関心ができました。高校まで部活中心の生活だったので大学でも運動部に入ろうかなと思ってたのですが、最強になれると書いてあった立て看板を見て柔道部に入る決意をした気がします。以上が積極的な理由で、次に消極的な理由を書きます。まとめると女子がいなさそうということです。宇都宮高校は男子校だったのですが、私にとっては楽園でした。女子の目を気にせずレマン湖(センターに出ました)や万元戸(中国の富豪の名称)などを同級生と言いまくっていたあの頃が懐かしく、大学生活もそういうのがいいなあと思い柔道部にしたということです。こじらせですね。

柔道スタイルは残念ながらまだ決まっていません。今は乱取りにおいては先輩や同期にボコスカですが、体づくりと柔道の基礎基本を身につけ、練習に食いついていけるよう頑張ります。よろしくお願いします。

読みにくい文ですみません。明日は文才溢れる甲斐君です。よろしく。

訂正・「女子がいなさそう」と書きましたが、それは私が柔道部に入るまえの完全なる偏見であり、実際には苛酷な練習を乗り越える素晴らしい女子部員がいます。誤解を与えるような文を書いてしまい申し訳ありません。

2017年度入部 自己紹介⑤

初めまして、一年の山添隆志です。埼玉県の開智高校出身です。共学出身で現役なのですが、この比較的普通と思われるステータスが同期では唯一僕だけになってしまうという異常な状況となっており、まさに驚愕しております。

柔道歴は中高の5年です。始めたきっかけは、小学生のときまでわんぱく相撲をやっており、その相撲に似てそうだからという安直な理由で柔道部に入りました。ですが、練習量が比較的少なかったことや、僕の努力・向上心不足により実力は他の高校生と比べて劣っており、そのままこれといった得意技を習得することなく引退してしまうという残念な結果で終わっていました。ゆえに「大学ではもう絶対に柔道なんてやらない」と決心して高校を卒業したのですが、何回か新歓に顔を出しているうちに、そして上クラでもあった先輩の麻生さんの口車にも乗せられつつ、いつの間にか柔道部に入部しておりました。人生何があるかわかりませんね。入部後も麻生さんにはたびたび口車に乗せられており、あとでブログの部員紹介で要注意人物だと知ってなるほどなと思った記憶があります。今後は十分注意していきたいと思います。
上でさらりと書きましたが、入部を決意したのにはもう1つ理由があって、それは中高のころから寝技が好きだったということです。運動神経やセンスをいくらか要する立技とは違い、1つずつ段階を踏めば誰でもほぼ確実にできるという寝技のやればできる感が好きでした。そんな僕にとって寝技を中心とする七大のルールはとても新鮮で、実際にやってみて楽しかったし、今までやってきた同じ柔道といえど何か違った世界が開けているような気がしてワクワクした気分にもなりました。入部した後も、寝技の奥深さや、その極めて理論化・体系化された構造に触れていって、やっぱり寝技って面白いなあという気持ちはより一層強くなりました。これからもどんどん練習してどんどん触れてゆきたいです。

柔道スタイルとしては、正対士を目指しております。それは敬愛する兄貴分の中村大先輩が正対下をやられているというのももちろんありますが、やはりただ単純に正対士ってかっこいいな、やってみたいなという憧れによるものが大きいです。今の練習では先輩らにはひょいひょいパスされたりすぐ担がれたりと散々な日々を過ごしておりますが、いつか努力が花開くことを信じて日々練習に励んでおります。よろしくお願いします。

2017年度入部 自己紹介④

どうも一年生の真野知也です
出身高校は駒場東邦という都内の男子校です。大学に入ってから「爽やか」と言われるようになり浮かれております。
などというどうでもいい前置きはさておき、さっそくですが柔道のことについて話させていただきます。
僕は小学2年生から柔道を始め、中高6年間も柔道部で過ごしました。しかし体格に頼った柔道ばかりしてきて、自分の頭で考える柔道をあまりしてきませんでした。大学生になり柔道部の練習を見学して、一つひとつの動作が必要性があっておこなわれていることを改めて知り面白いと思いました。(今更ですね笑) そこで柔道の、今まで避けてきて向き合ってこなかった側面と向き合うことができ、入部のきっかけになりました。
入部を決めたはいいのですが、右肩の脱臼癖があまりにひどく、6月に手術をして今はリハビリ中です。一ケ月とちょっとの間、腕を固定していたため、自分の腕とは信じたくないほどガリガリになってしまいました… 当分柔道はできないですが、自分にできることをやっていくつもりです。

最後は山添君の自己紹介です。