新入部員自己紹介 末広多聞

こんにちは、初めまして。末広多聞(すえひろたもん)と申します。所属は理一で学年は2年です。下の名前が珍しいとよく言われるのですが、日本酒の名前になっていたり、武神である四天王の一尊に多聞天がいるぐらいなので、名前に恥じらいを持ったことは無いです。しかしながら、大のプロレス好きの父によると、僕の名前はプロレスラーで「原人」と言われた本田多聞から名付けられたらしいです。本当にすごくいいお名前を頂いたと思います。

名前の事はここまでにして、自分がどんな人間か紹介します。僕は大阪星光学院という中高一貫の男子校出身で、柔道は中学から始めました。得意技は大外刈りで、組み手にこだわる柔道が好きです。中高時代は一つ上の先輩に強すぎる先輩がいたので、その先輩に毎日ボコボコにされ、加えて、ほぼ巻添えで当たり前のように、全国大会常連の学校に出稽古に行ってはボコボコにされていました。よくこういう流れの話では、「今思えばすごくいい経験をさせてもらってた」なんて言っている人を見ますが、そんなに良い人ぶらないで、正直に「今思っても嫌だったし、訳わからない」と言えばいいのにと思うところです。ですが、きつい出稽古に行ってたとはいえ、監督の計らいで2部連のうちの片方だけに参加させてもらっていたので、そう言った意味ではまだ優しさがありました。ところで、このような優しさ溢れる練習をさせてくれた大阪星光の監督ですが、僕はその監督にサモア人という光栄なあだ名をつけて頂きました。理由はサモア人みたいな顔と体型だからです。つまりは偏見です。本当のサモア人に申し訳ないぐらいです。ちなみに、中高の同級生からはシュレックというあだ名で6年間呼ばれていて、もしこの文章を読んでいる方の周りで変なあだ名をつけられて悩んでいる人がいればぜひ僕のあだ名の話をして欲しいぐらいです。

こんな変なあだ名ばかりつけられる僕ですが、高校時代に国際物理オリンピックに出場し、全世界の高校生相手に2年連続銀メダルを取りました。そんなこともあり、東大には推薦で合格しました。推薦の選考過程には書類選考と面接があるのですが、その面接の時に、よほど柔道をやっていた学生が推薦を目指す人の中で少なかったのか、1時間弱の面接のうち20分ぐらい柔道の話をしました。面接が終わった後は柔道推薦に来たのかなという感覚でした。なので実質僕は、東大の柔道推薦と考えていただいて大丈夫です。

そんなこともあり無事に入学からは、一時は勉学に力を入れて、数学や物理を勉強していましたが、やはり柔道がしたいと強く思うようになり、入部を決意しました。

僕の一個人としての感覚では、柔道も物理などの勉強も日々の鍛錬という面から見ると同じだと思っていて、基本的なスタンスとして、しんどくて辛いことを超楽しいと自己暗示しながらコツコツ稽古もしくは勉強していき、大事な試合もしくは研究でいかに良い結果を残すかに全てを賭ける。そこに至るまでには普通の人には想像もつかないような、努力や苦しみ、しんどさがあると思います。文武両道とは相反する二つを独立に磨くのではなく、互いに他を補って、かつ強め合うことで、共に同時に昇進していく。それこそが本当の文武両道であると考えていますし、僕はそれを目指します。

思ったよりかっこいいことを書いてしまいましたが、実際高校時代に本当につらい練習を耐え、それに加えて同時並行で勉学も続けてきました。文武の両方が1番忙しい時期には、胃潰瘍になったりもしました。それでもやめなかった当時に培われた精神力や体力は、ここ数ヶ月で取り戻しつつあります。大学で新たにできた仲間と共に、しんどい練習に耐え、切磋琢磨して高みを目指しより強くより賢くなりたいと思います。

こんな文章を読んでいただきありがとうございました。