天然女子~猛禽~

引退して早四か月が経ちまして、そろそろ勉強も軌道に乗ってきた…と言いたい所なのですが、未だかなづちよろしく教科書読んでも分からないことだらけ…、そんな日々を結構楽しんでいたりもする四年の中野です。ご無沙汰してます。

今回は大変僭越ながら、大学での勉強についてほんの少しだけご紹介しようかと思います。
さて、私は法学部という所に在籍しているのですが、皆さんは法学部にどんなイメージをもっていますか?六法全書を全部覚えるところだとか思ってませんか(笑?
そんなことはありません。タオルを巻けばいい枕に早変わりするほどの厚さのページ数に米粒みたいな字でびっしり書いてあるのを一字一句暗記するなんて、原始的不能です。
じゃあ何をするかというと、(一学生の私見に過ぎませんが)法律学というのは解釈学ですから、法律に書いてある言葉(条文)の定義を考えたり、それを基に明文のない場面の議論をしたりする学問のようです。
……とここまで読んで、「はぁ?定義?議論?意味わかんねー」てのが感想だと思います(笑 なので、以下では、大学に入学した男子学生が必ずといっていいほど、特に私のように中高男子校で青春時代を世界の半分で生きていたような学生が特に扱いに困る、天然女子(俗にいう、「猛禽」)を具体例に説明しようと思います。

まず、定義についてですが、これがなければ話は始まりません。とはいえ、定義の仕方いかんで、その言葉の持つ意味は大きく変わってきます。
例えば、天然女子に関して純粋な中学生であれば

《ちょっとぬけててふわふわしてて、守ってあげたくなるような女の子》

と定義するかもしれません。すると「ああ、か弱い存在で大事にしなくちゃならないんだな」と思いますよね?
でも四年間大学でいろんな経験をし、ちょっと難しい言葉使いを覚えたりすると、とこんな定義もありうるかもしれません。

《外見上、その年齢までに通常取得しておくべき社会常識や一般的能力が欠如した、男子の騎士的欲求をいたずらに駆り立てる女子》

どうですか。だいぶイメージが変わったのではないでしょうか(笑
何が言いたいかというと、ことほど左様に言葉は定義の仕方によってその姿を変えるということです。定義というものの大切さがお分かりいただけるかと思います。

もう一つ、議論の所在(論点)をおさえることも大切です。
六法を見て知りたいことがそのまま書いてあれば話は簡単ですが、どこを探しても載っておらず(明文がない、といいます)「こんな時どうしたらいいんだろう?」というケースも結構あります。そして法律学の世界ではそんな時、「一見~~のように思えるけれども、実は~~」という議論の仕方をすることがあります。
さっきの天然女子にもう一度登場してもらうと、例えばこんな風になります。

 では天然女子を男子はどのように取り扱うべきか。明文なく問題となる。
   この点、騎士道精神を重視する立場から男子は常に女子の天然ぶりを盲信し騎士的欲求をくすぐられるまま素直に対応すべきとする見解もある。
   しかし、それではあまりに男子の心的・経済的損失が大きく妥当でない。
   そこで、当該女子の天然ぶりが詐術によるものであることが明らかであり、かつそれが不当な目的によるものであると認められるにつき相当の理由があるときは、男子は勇気をもってその偽天然を指摘し白日のもとに晒すべきと解する。

以上、何となく法学部での勉強のイメージが掴めたでしょうか。(笑
但し、非常に残念なことに、東大法学部では天然女子を専門にする授業は開講されていないため、男子諸君はキャンパスの内外における観察と自らの手痛い経験の積み重ねによってしか天然女子の本質をつかむことは出来ません。後輩達には、一定のショックと出費を覚悟の上、是非勇気をもって世界のもう半分に飛び込んで欲しいと思います。

そしてもし、「いや、俺は大学では心穏やかに過ごしたいだ」と願う男子学生がいたら、大学の中で比較的天然系女子の生息していないエリア、すなわち柔道部へ入ることを強くお勧めします

………と無理やり部員勧誘につなげた所で、そろそろ「こんな現実逃避してるから勉強が進まないんだよ!!!」という良心の呵責に耐えきれなくなってきたのでこの辺にしようかと思います。なにやら方々から批判を浴びそうな駄文になってしまいましたが、実際は天然女子の入部もwelcomeですのでその点は誤解のないようお願いします(笑
次回は、天然女子といえば、ということで、今話題の津留辺りが更新してくれることでしょう。それでは(^^)

注)個人的に猛禽に思い入れがあるわけではありません。念のため。

ご報告

四年の中野です。去る6月16、17日に九州の福岡武道館で七大戦が行われ、東京大学は準優勝という結果に終わりました。諸先輩方や父兄の皆様、沢山の応援ありがとうございました。

 この一年、七大戦の優勝を目標に掲げ毎日練習を積んできましたが、残念ながら目標を達成出来ませんでした。多くの方々に優勝を期待して頂きながら結果を残すことが出来なかったことを思うと胸が潰れる思いです。部員は全員それぞれの役割を認識して、闘志を持ってよく戦ってくれました。決勝での敗戦の責任は、強化担当たる主将であった私一人にあります。本当に申し訳ありませんでした。
 
 一方、個人的な感想としてはある種の満足感、達成感も感じております。他大学に比べハンディも多く身体も小さい東大が強い気持ちを持って七大戦を戦い抜き、福岡の地で躍動したこと、そんな素晴らしいチームの一員として大学の柔道生活を終えることができたことは私の誇りです。昨年の赤柔に「獣のような戦闘集団を作り上げること」を主将としての目標に掲げましたが、この点は達成できたのではないかと思います。また、もし今回の試合ぶりが私以外、そして現役部員以外の心に残るものであったとしたら、選手として望外の喜びです。

 東大柔道部で過ごした四年間を振り返ると、人との出会いに恵まれたなと痛感します。柏崎師範、津沢先生、松原部長、落合コーチを始め、陰に陽に支えてくださった先輩方には本当に感謝しております。また、共に闘った同期、こんな私について来てくれた後輩達にもこの場を借りてお礼を言いたいと思います。本当にありがとう。いいチームでした。
そして他大学のOBの皆様には、昨日まで試合直前調整につきご迷惑をお掛けしました。今後は是非毎日でも東大の道場にいらして現役に胸を貸していただけると光栄です。

 さて、私事なのですが、今後私は大学院に進学してから社会に出る予定です。一OBとして現役部員の意向を尊重しつつ陰ながら応援する、という形で柔道と関わりを続けることは勿論なのですが、柔道を通じて得たものを今後の人生に活かし、結果を出すという姿勢を忘れずにいたいと思っています。競技性だけはない、人間修養としての柔道という、柏崎師範、津沢先生から教えて頂いた柔道を忘れず、日々精進していきたいと思いますので、先生、先輩方にはこれからもご指導、ご鞭撻の程、よろしくお願いいたします。

 気持ちの整理が上手くできていないため、支離滅裂な乱文となってしまいましたが、これを私の挨拶と代えさせていただきます。ありがとうございました。