主務交代の辞

こんにちは。
4年の木下です。
引退から2か月が経ちました。
ここらで僕に残されていた宿題をこなしたいと思います。

皆さんご存知の通り、今年の4月から主務を3年の古跡に交代していました。
ずいぶん前ですね。
報告が遅くなり大変申し訳ありません。
この「遅くなり大変申し訳ありません」というフレーズを、主務をしていた間に何回使ったかわかりません。
古跡はしっかりしているので、うまく部を回してくれていると思います。
理系の研究室が忙しくて大変だと思うので、後輩たちはサポートしてやってください。

引退して、いろいろな楽しいことで予定帳を埋めていきましたが、8月に柔道部にいたおかげでできた楽しいことが二つあったので、そのことについて書いておきます。

8月9日から11日まで、柏崎先生に率いられて富士山に登ってきました。
23時半に5合目を出発し、ご来光を拝みにいく弾丸登山です。
東大柔道部からは橋本先輩、山中、僕が参加し、和敬塾や武大の方と合計20名ほどで登りました。

バスで河口湖駅についてから、さっそくハプニングがありました。
昨年も参加した山中が集合場所まで案内してくれたのですが、我々は30分以上も真逆に歩き続け、先生から最後の「東大生はバカだなぁ」をいただきました。

満天の星空を見ながら登り続け、無事に登頂とともにご来光を拝むことができました。

頂上で飲んだおしるこが異常にうまく、まるでカイジのキンキンに冷えたビールのようでした。

下山してからは、麓の宿で登頂記念パーティーが開かれました。
初対面の外国人の方が多かったですが、銭湯に入ったり宴会をしたりしているうちに自然と仲良くなれました。
みんな柏崎先生の門下なので、いうなれば兄弟子や弟弟子と会ったことになります。兄弟子のルイはアメリカに道場を持っているので、チャンスを見つけて行ってみたいですね。

とても良い思い出になりました。
柏崎先生、先生の奥さん、武大の方々、和敬塾の方々、ありがとうございました。

富士山から帰ってきてすぐに、静岡県沼津市にある東大の戸田寮(へだりょう)にスタッフとして行ってきました。
運動会総務部が中心となって、各運動会の有志が集まり寮の運営をしています。
北藤先輩から「出会いがあるぞ。いろんな意味で」と言われたので行ってみた次第です。

仕事の内容は、寮の受付や掃除、皿洗いやビーチの監視などが主でした。
とはいえ空いた時間に海で泳ぐことができ、夜は毎日宴会があります。

総務の方々もできた人ばかりで、他の運動会の方と交流するのもなかなかいいものだと思いました。ア式のマネさんがかわいくてとても癒されました。

偶然、柔道部OBの清水周先輩にお会いしました。
僕と同様、大学から柔道を始められたそうですが、それ以来ずっと深い柔道愛を持っておられるそうです。

戸田寮は総務部やスタッフのOBが泊まりにくることが多いようです。
そんな方々から、当時の宿泊客だった柔道部の逸話を聞かされました。
さらに、適当にめくった何十年前かの寮委員日誌の「難色ランキング」なるものにも、「柔道部の襲来」が2位にランクインしていました。
なんでも女子寮委員に抱き付いたとかなんとか。

帰りには寮委員のOBの方にウナギをおごっていただきました。

山と海を満喫して、いい気分転換になりました。
現役のときは、精神的にきつかったのを覚えています。
いまは夏練習で追い込む時期だと思いますが、区切りのタイミングには違う場所の空気を吸って充電した方が、またきつい練習も頑張れるような気がします。
こういった切り替えを積極的にすればよかったというのが、僕の現役時代の反省の一つです。

長くなりましたが、以上で主務交代の辞とさせていただきます。

繰り返しになりますが、古跡くんはすでに5か月以上主務を務めているので、その点はご留意ください。

卒業生送別会案内の発送作業

こんにちは、最近あごがしゃくれてきた1年の木下です。

26日に卒業生送別会の案内の発送作業がありました。
午前に駒場で小山先輩に準備のやり方を教わり、昼ごはんをおごっていただいたあと(ちなみにカツカレーでした)、七徳堂に移動して案内を作成しました。
作業には田村先輩や清水先輩も来てくださりました。
忙しいなかわざわざ手伝いにお越しくださり、その上お菓子まで差し入れしてしていただき、ありがとうごさいました。
作業は大変でしたが、スマブラと交互にすることでメリハリが生まれ、効率よく終えることができました。
ですが主務の小山先輩にとっては実際の作業に加えてその準備や仕上げがあり、じつは大変な仕事をこなしているのだと知りました。
小山先輩には主務業についてや世間の常識など、今日だけでいろいろなことを教えて頂きました。
けれど「信号は赤になってからが勝負やで」という常識だけはじつはちょっとおかしいような気がします。
今まさに動かんとする自動車の列を前にして、冷水に足先を突っ込んだようにひやっとなり身を竦ませる僕をよそに、
「行くんやー‼︎」と楽しそうな笑顔でその鼻先を突っ切る小山先輩を見ると、
やっぱり「男は度胸」なのかなぁと思いました。
僕もいつかは後輩に、「男は度胸なんやで」と背中で語れる先輩になれたらいいなと思います。

1年の木下です

こんにちは、1年の木下です。
所属は文科三類で、神奈川県立湘南高校出身です。
高校まではバスケットボールをやっていて、大学から柔道を始めました。
入部当初より体重も増え、体つきもよくなってきており、目に見える変化に楽しさを感じています。
なぜ柔道部に入ったのか、とよく聞かれますが、はっきりとこれ!という理由はありません。
先輩方の人柄や部の雰囲気に魅力を感じたというのもありますし、
あるいは僕の顔が大きかったからというのもあるかもしれません。
生れついたときから顔がでかく、幼稚園で一番大きなサイズの帽子が入らなかったこともありました。
初めて現実を直視したのは中学校入学当初です。やたらと外見が気になりだした思春期真っ只中の男子によって、「小顔選手権」なるものが開催されたときでした。タイトルとは裏腹に、より小顔じゃない方が次のトーナメントに駒を進める「負け残り」方式のこの大会で、僕は決勝まで進出するとともに、「俺って顔でかいんだ…」と自覚したのでした。
閉塞的な学校社会に蔓延する「小顔の方がかっこいい」という固定観念にすっかり毒された僕は、なんとか顔を小さくする術を模索しますが、「骨格は変えられない」という常識の前にはすべてが無力でした。

ここで諦めるわけにはいきません。

僕は沈思黙考しました。
そして閃きました。

顔が小さくできないなら、体を大きくすればいいじゃないか!
そうです、絶対的には小さくできないのなら、相対的に小さくすればそれはすなわち小顔の完成です。

かくして僕は柔道部に入り、数か月間の増量に励みました。
そして迎えた高校の同窓会の日、幼いころの親戚のおばさんばりの「ちょっと見ない間に大きくなったねぇ」コールを浴びて、軽く悦に入っていたときでした。

きのぴー、めっちゃ変わったね! 1.5倍くらいになったよ! 特に、顔とか!

実は僕の場合、増量した時にまずサイズが大きくなるのは顔でした。

山中が腹の肉と切っても切れない関係にあるように、僕の場合も逃れられない運命なのでしょうか。

いささか不純な動機で入部しましたが、今は柔道の面白さにはまってしまい、毎日柔道ができることが楽しいです。まだ何もできませんが、寝技も立ち技もできる選手を目指し、少しでも早く戦力になれるように頑張っていきたいと思います。
簡単ですが、これで僕の自己紹介を終わりにさせていただきます。