引退から3週間が経ちました。

4年目の松本です。

 

麻生に急かされたのでテストが終わった今日重い腰をあげ引退ブログを書こうかと思い筆を取った次第です。

これを書いている今日はテスト最終日7/29(月)のテスト後です。

ちなみにこれまでのテストは何とか単位は取った感触はあるのですが、先ほど徹夜に失敗してテストの時間に起きてしまい、今日の科目はあえなく落単となってしまいました。

非常に眠たいです。何故、昨日の私は徳永に呼ばれたからと言って徳永と小宮山さんと金田さんと麻雀を打っていたのでしょうか。しかも川崎市で。

 

突然ですが、果たして部活をやってきた意義はあったのでしょうか。

あまりにも人口に膾炙しており陳腐に感じられる疑問ですが、やはりこのことは考えずにはいられません。

結論から言うと、決して大いにあったとは言い難いが、確かに得るものはあったと感じています。

 

私たちは入学以来七大戦の団体戦にて勝利を経験したことがないという代でした。

七大戦初日、1戦目、特にチームに大いに貢献したわけでもないですが、こんな私でも団体として初めての勝利を経験しました。チームの皆には感謝してもしきれません。

確かにこの一瞬のためにやってきたんだという感慨があり、間違いなくそこに意義はありました。

そして2戦目、準決勝、最後の試合の内容については皆さんご存知でしょうし、あまり思い出したくもないのでここには書きません。

思えば中学1年生の時に柔道を始め、なんだかんだと高校、大学と続けてきました。凡そ半生に及ぶ学生の選手としての生活が、本当の意味で終わりました。長かったです。

このような形での幕引きとなり、悔いが残ってないと言えば嘘になります。

最後の試合を終え会場の外で項垂れていると柏崎先生が通りがかり、「柔道は人生教育。なかなか上手くいかんこともあるっちゅうことよ。これでお前もよくわかっただろう」と笑いながら声をかけてくださりました。救いの言葉でした。

その後、観客席に戻ると今夏で初めて蝉の鳴き声が聞こえてきて、確かにそこに夏の訪れを感じ、そして同時に柔道の無い第二の人生の始まりを告げているかのようで象徴的だったのが記憶に新しいです。

呑気なことを書きますが、試合に負けひとしきり泣くとしっかり腹は減り、腹を満たすとしっかりと眠たくなり、そこに自分らしさを感じて、尚且つ自分のとてもいいところだと思いました。

今や吹っ切れました。突然に膨大な時間が与えられ、引退ライフを楽しんでいる

 

……予定だったのですが、しばらく部活で行けなかったバイトに復帰すると毎月少しずつ降格してたようで時給が1000円スタートになってたり、すぐにテスト期間に入って徹夜が続いたり、テストが終わったかと思えばすぐに実習に駆り出されます。弊学科は夏休みが文字通り存在しません。

存外に忙しい日々を送っていますが、まあ概して引退前よりは余裕のある生活を送れているかと思われます。

今や引退した身なので、ピアス開けて染髪して勢い余ってタトゥーまで入れてやろうかと画策してるところです。実行に移すかはわかりません。

 

この3年と数ヶ月の柔道部の生活について。

 

この間、部活をやめようかと思ったのは枚挙に暇がありません。

 

代表的な例だと、リスフラン靭帯を切り、3ヶ月休部したときです。
降年して奨学金が切られて、これ以上親の負担をかけるわけにもいかず、そして何より生きるためにバイトに専念しました。(この期間、生まれて初めてターム単位でのフル単を達成しました)

幹部となった後に3ヶ月も部活を抜けていたこともあり正直復帰するかかなり迷いましたが、昨年の七大戦での雪辱を晴らそうと思い、戻ってきました。

 

そして、私は昔からある集団に長期間属し続けるという行為が非常に苦手で、更にそこに馴染み続けるとなると莫大な心的負担がかかる人間でした。

一定の距離以上に人を絶対に近づけないし、一定以上プライベートの時間を確保できないと発狂しそうになります。とにかく自分1人の世界が大好きなんでしょう。ただの我が儘です。

最初の方は割と頑張って輪の中に入ろうとするのですが、気が付くと組織にいる自分を客観視する自分、更には組織そのものを外から見ている自分が現れてきます。

自分で言うのもアレなのですが必要とあらば最低限の社会性を発揮する程度のコミュニケーション能力を有しており、それを引力として月と地球のようにある時期以降は付かず離れずといった距離感を保ち続けることになります。

無意識のうちに一番疲れない位置取りをするようになっているんでしょうね。人間関係を疲れるものとしている人間の性だと思います。

 

しかしそんな私でも何故最後までやめなかったか?というと、それはひとえに部員の存在です。

本人が覚えているかは知りませんが、1年生の頃に東條が絶対8人全員で揃って引退しような、と言っていたのを今でもはっきりと覚えています。そして、それは実現しました。

同期や後輩達は見捨てることなく構ってくれて、そしてその優しさはあまりにも明らかな意図的な配慮が感じられ、とても嬉しかったし周囲の人間に恵まれていたと思います。

 

 

現役部員へ。

 

私のような人間もいると思います。

正直、人によってはかなりキツいと思います。私はそうでした。

OBとしてこんなことを書くのはあまり褒められたものではないのですが、今とてもしんどいと思っている部員がいるならやめるのも1つの選択肢です。

毎朝毎朝自律神経を破壊して吐きそうになりながら満員電車に揺られて練習に行く日々もあります。

とにかく乱取りでボコボコにされ続ける日々もあります。

その先に待つのは地獄です。

練習だけではありません。

七大戦が近付くに連れて日増ししていく巨大なプレッシャーもあります。極度のプレッシャーで食が細くなり、それでも何とか胃に物を押し込める日々が続きました。正直に言うと、1ヶ月前ですらやめたいと何度思ったかわかりません。

七大戦の前日、当日なんて凄まじいものでした。
前日のオーダー会議の時点で先鋒と知らされてるわけですから、1日目なんて本当に寝られず結局2〜3時間程度の睡眠で臨むことになりました。

他の部員がどうだったかは知りません。
繰り返しますが、少なくとも私はそうでした。

それでも、最後までやりました。
最後までやって得られるものは確かにあります。

やめなかったことに後悔はありません。

それだけは保証できます。

 

後、怪我には本当に気をつけてください。

私は未だに引退直前の肋骨の怪我と足首の伸びた靭帯は治ってません。早く治したいですね。

怪我をすると試合に支障が出るのは当たり前として、普段の練習すら満足にできません。

特に先の長い1,2年生は中途半端な怪我のまま練習すると慢性化し、先の長い現役生活に大いに支障を及ぼしかねません。

 

最後に。

1留したどころか、最近では一つうえ(2留)も視野に入ってきました。

入ってきましたが、来年の七大戦に出るつもりは毛頭ありません。少なくとも応援や物資等でのサポートはするつもりです。するほど経済的に恵まれたいです。応援よろしくお願いします。

 

眠たくてまとまりがなく無駄に長い拙文となってしまいましたがこれで終わりです。ありがとうございました。

P.S.投稿して気がついたのですが、何故か私の投稿だけ行間が広くてめちゃくちゃ幅を取っていますね。修正の仕方もわからないのでこのままにします。