京大のある先輩が部室にいらっしゃった話

こんにちは。3年の德永です。一昨日は遠征帰りで部室に泊まったのですが、朝起きるとなぜか京大の某H先輩が枕元に立っていらっしゃいました。その後、朝ごはんとして松屋で牛丼をご馳走になりました。小島さんからその日にあったことについてブログを書くようにと言われましたので、ブログにて感謝の言葉を書かせていただきたいと思います。

朝ごはんを食べた後しばらく寝て、部室にいらっしゃった小島さんとH先輩の3人で筋トレに行きました。H先輩は「ベンチプレス100kg10回は余裕やろ」とおっしゃっていましたが、実際には8回くらいで潰れてしまいました。(引退して2ヶ月も経っているので十分凄いと僕は思います。)帰り際に、H先輩がサンダルを靴箱のどこに入れたか忘れてしまい、探し始めましたので、しばらく一緒に探しました。しかし、全く見つからず、ついに裸足で帰ることを決意した時、サンダルが靴箱の、見つけやすい最上段の部分から見つかったのでした。なぜ必死で探していたH先輩が見つけられなかったのかは謎です。

その後、部室で他愛もない話をしている時に、七大学で真のイケメンで15人のオーダーを組むなら誰か、という話になりました。そこで、オールスターを組むなら、柔道部に所属されながらも成績優秀だったある先輩は外せない、と言ったところ「あんなに頭の悪そうな顔なのに頭ええんか」とH先輩はおっしゃっていました。

また、今年の七大戦の話をしている時、東大のT先輩の話になり、今年の七大戦でH先輩から抑え込みを逃げたこともあり、「あの人も最後はいい線行ってたよな」と、おっしゃられていました。

さらに、その後七大戦の動画を見ていたのですが、H先輩が決勝で相手を抑え込んだ時、試合場の周りで見ていた北大のK島さんが残念そうな顔をしているのが動画に映っており、H先輩はひどく悲しんでいました。しかし、その後京大のM尾先輩が抑え込んだ時にもK島さんは残念そうな顔をしており、H先輩は喜んでいました。

その後東大の部室に泊まられ、今日フランス遠征に旅立たれました。ご活躍を祈っております。

僕はこの日H先輩とずっと一緒に過ごし、なんとご飯を3回もご馳走になってしまいました。あまりご馳走になってはH先輩に申し訳ないと思い、遠慮しようとしたのですが、H先輩は「いいっていいって」と奢ってくださいました。重ね重ねお礼申し上げます。H先輩、本当にありがとうございました。また次の機会に細江先輩と会えることを一同楽しみにしております。

紀柔館訪問記⑧

東大柔道部4年の柴田です。8/28(火)〜9/2(日)に和歌山の道場である紀柔館を訪問しましたのでその報告をさせていただきます。

この「東大生紀柔館訪問プロジェクト」は紀柔館から東大柔道部に進まれた柘植陽一先輩が、引退した柔道部員の社会復帰を支援する目的ではじめたもので、今年で8年目となります。今年度は私が8期生として参加することになりました。

事前に紀柔館館長である腹巻先生からは「毎年素晴らしい東大生が来る」との話を聞いていたのでハードルが上がっていることが初めは少々不安でした。(が、実際には過去の先輩方の数々の逸話(奇行?)を聞くことになりました)

紀柔館の1日の流れとしては、小学校低学年や園児クラスからスタートし、高学年、中高一般クラスと続きます。それに加えて、勉強クラスがあるのが大きな特長の1つです。勉強クラスでは今年買ったばかりのiPadを見せびらかしながら、チューターという形で質問に答えさせていただきました。

まず、柔道クラスに参加した感想として、先輩が後輩に教えるという文化が根付いていることがすばらしいと感じました。下級生のクラスに自主的に参加する塾生が多く、また「交流タイム」では高学年と低学年が一緒に練習する時間が設けられています。補助運動の種類が多く、毎日変化するのも特徴的です。自分はその補助運動がなかなか覚えられず、中学生の塾生に教えてもらってたりしていました。塾生が今後高校以降で柔道を続けて行く上でも、自分で考えるヒントになる動きや練習法がたくさんあるなと感じました。寝技でぬるっとした動き (アウターマッスルに頼らない動き) を感じたのも、この補助運動が一因だと思いました。

また、園児クラスでは、園児たちが気の赴くがまま走り回るので並ばせるのは大変なことだろうと思いましたが、まき先生の号令で礼のときにはちゃんと園児たちが整然と正座している姿が印象的でした。

↑最終日の中高一般柔道クラスでは、東大柔道部OBの方も何名か駆けつけてくれました。懇親会では渡辺直人元主将のエールによる東大部歌を披露しました。

 

転び方健康教室 (通称:ころ健) もたいへんおもしろかったです。シニア世代にとって転ぶことは危険なことですし、これからの高齢化時代にも即したものだと思いました。腹巻先生が古武術などからアレンジした動きが取り入れられていて、途中若者でもきついような体幹トレをシニアの方々がさくっとこなしていたのが印象的でした。
ちなみにころ健で使うJポールという棒を現在こせきさんが改良中です。非常に優秀な方なのでたいへん期待できると思います。

今回私は柔道クラスで横返し、巴の練習法、内股パスを、勉強クラスで大学での研究分野 (認知心理学)に関するプレゼンをさせていただきました。今まで私は教えることが苦手で避けてきたことも多かったですが、自分の技や感覚を言葉にしておく重要性を実感するとともに、教えるということにももっと積極的に取り組もうと思えるきっかけになりました。プレゼンに関しては、少しは大学での学問について興味を持ってくれたかなと思います。

期間中は腹巻先生と奥さんのまき先生の家に泊めていただいていました。観光にも連れて行ってもらったりして、本当に何から何までお世話になりました。
また、私が初日に開けた2weekコンタクトを誤って1日で捨ててしまって絶望していたときは、コンタクトをもらってたいへん助かりました。

腹巻先生、まき先生本当にありがとうございました!

↑まき先生がヘルシアで作ったグラタン。おいしかったです!

今回の訪問では、紀柔館の塾生のほぼ全員と1度は道着を握りあうことができ、みんなガツガツくるのでとても刺激的でした。これら全ての経験が、私の社会復帰の確かな1歩になりました。
紀柔館の方々、温かく出迎えてくださり、大変ありがとうございました。また機会がありましたら、寄らせていただきたいと思います。


ちゃんこ文化

夏練が始まってから、麻生は「部室で鍋を作りたい」と言っていたので、一週間ほど前から僕と麻生で部室で鍋を作って夕食としています。上野には業務スーパーがあるため材料を非常に安く購入できます。

業務スーパーで買うと、ほうれん草が500gで150円、鶏肉が2kgで1200円と、普段自分で買うよりもはるかに安く買えるので、ちゃんこ文化は経済的にありがたいです。部室には土鍋があったのでガスコンロで作っていたのですが、ボンベの扱いが面倒なので自宅にあった電気鍋を持ち込みました。便利です。

いつも鍋をする人数は僕と麻生の二人です。そのため、結構お腹いっぱい食べることができます。鍋の人数が増えると楽しいのですが、鍋が少ないので作るのに時間がかかってしまいます。難しい問題です。

肉ばかり食べては炭水化物が無いのでいつも冷凍うどんを鬼のように入れています。しかし、そろそろうどんにも飽きたので、誰か家から米びつと炊飯器など持ってきてくれるととても喜びます。

この前、いつもの二人に菅野と岡を加えて鍋をしていたのですが、彼らは鍋の経験が少なく、ハプニングが発生しました。その日はいつも使っている汁をたくさん入れたので、鍋が吹きこぼれてしまいました。この場合の正しい対処法は、蓋をとって蒸気を逃がすことなのですが、彼らは二人ともスイッチを切ってしまい、莫大な量の汁が吹きこぼれてしまいました。下級生への鍋教育がもっと必要だと感じました。

また、その日はいつもと趣を変えて餅を買いこんでいたのですが、岡が「俺は焼いた餅を食べたいっす」などと言い、トースターで餅を焼き始めました。すると、バチンと音がしてブレーカーが落ちてしまいました。やはり加熱する機器を二つも使うと相当な電力を使ってしまうようです。まあ鍋の経験の少ない岡なので、しょうがないなあと言いつつブレーカーを上げ、また鍋を始めました。すると、岡が今度は部室の乾燥機を切り、また餅を焼き始めました。10秒ほど後、またパチンと音がして案の定ブレーカーが落ちたのでした。本当に学習しない男です。

このようにして、部室で何度も鍋をしていると、だんだん美味しい鍋の作り方がわかって来ると思います。というわけで、一年生は、体重を増やすため、炊飯器を部室に持ってきて鍋に参加しましょう。

腐れ縁

またまた一年の髙木です。
去る8月22日の午後はサプライズoffで、部活に来ていた部員全員で上野公園でボートに乗りました。その思い出について、一年の誰かがブログを投稿することとなったので、代表して僕が投稿したいと思います。

僕は、中高を逗子開成で過ごしました。逗子開成では、「海洋教育」の名のもとに、2〜3ヶ月まるまる体育が水泳だったり、遠泳があったり、年1,2回ヨットに乗ったり、と水や海に触れる機会が人より多い生活を過ごしていました。初めて手漕ぎの舟に乗ったのは、中1の10月で、舟とはそれ以来8年の付き合いになります。
しかし、「中高でヨットに乗ったことがある」というだけで、「逗子開成出身の人はヨットがうまい」ということは全くありません。反例は例えば僕です。僕は壊滅的に下手くそでした。皆が25分ぐらいで帰ってくるヨット実習でも、僕だけ1時間近くかかったりしました。ヨットは帆の向きを調節して前進するのですが、僕にはそんな高度なことは出来ません。

8/22にも、あのヨット実習の惨劇が甦ります。上野公園に来たからといってボートが漕げるようにはなっておらず、僕が漕いでいるときはほぼ全く進みませんでした。あまりに進まないので漕ぐのを代わってもらおうとしたのですが、不器用なのが災いし、交代にも手こずりました。一緒の舟だった3年生のお二方、無能で申し訳ありませんでした、、

僕は中高から不器用で、柔道も肉体頼みで滑らかな筋のいい柔道がずっと出来ずにここまで来ました。不器用は、夏練中も健在です。多分一年で一番ヘタクソです。身体を柔らかくしたら滑らかになるかもしれないので、僕個人の目標として、練成大会までには身体をある程度柔らかくしようと思います。
ところで、今日は東京学生でした。僕は開始早々吹っ飛ばされてしまい、東京地区はレベル高いなぁと実感しました。どんな相手でも戦い方変えないのはいかんですね、次回から、もう少し粘れるようにします。

P.S.
そういえば、小5のときに、カッターボートというのを漕ぐ機会がありましたが、その時も下手でした。何も進歩がない…

「たしかに」と「まるい、しぶい、とがってる」

現役の皆さん連日の練習お疲れ様です。
4年の松本です。

明るい内容のブログを投稿するといったものの、研究室に忙殺されてしまい、楽しいことが一つもなく今年の夏も終わっていくのだなぁと感じている今日この頃です。ちなみに、今年の夏は定期的に石川に助教と院生と車で往復14時間をかけ調査に泊まりで行き、朝の4時半に起きては水田に入り注射器で水をとっていました。稲花粉アレルギーでお肌が荒れてしまいました。たのしかったです。

さて、自分に近い代の人間には伝わると思うのですが自分が主将を務めていたころ、柔道部内では意思疎通の9割が「たしかに」と「まるい、しぶい、とがってる」を通じて行われていました。そのような環境に身を置いていたためか、自分の言語能力は大きく衰退してしまいました。そのため、調査中、助教の話を聞くたびに「へぇ~、なるほど」という顔で指でチョキを作り開いたり閉じたりし、助教の振ってくれる話の相槌には「まるい」と「しぶい」を多発していました。すると、助教に真剣な表情で「松本君の日本語はおかしいよね?まるい、しぶい、とがってるの意味を調べたほうがいいよ。」とマジレスされてしまいました。さすが東大純粋培養の助教です。その場ですぐに調べてみたところ、自分はこれらについてどういう意味か意識して使ったことはそういえば無かったですが、期待しているような意味はありませんでした。しぶかったです。「まるい、しぶい。とがってる」は使い勝手が良くてまるかったのですが、一般社会では通用しないということがわかり少ししぶかったです。とはいえ長いこと使っていたため、そう簡単に癖は抜けず多用し続けたところ、最近では助教が「たしかに」を使ってくれるようになりました。まるいです。

暇つぶしに書いたので特にオチはありません。夏練もまだまだ残ってますが頑張ってください。

以上

遠い日の記憶

一年の髙木です。
先日、日本文化大学に合同練習に行ってきました。僕としては、久々に立技めいいっぱい出来ることが凄く嬉しかったです。驚くことに、かつてよく一緒に練習していた後輩が日文にいて、合計3回乱取りしました。遠い昔は学年差補正で何とかなっていたのですが、今となっては全く敵わなかったです… 喧嘩四つマジ苦手だし、色々教わりたいです笑 時間があれば是非東大の練習に足を運んでください!

僕は柔道歴は長くないですが、中高では合同練習に参加したり超強豪選手(全国2位の選手とか世界3位の選手とかオリンピック選手とか)と乱取りする機会がよくありました。その中でも、何度も乱取りした人や、一際強かった人なんかは今でもよく覚えていて、日文の彼も両方の意味で鮮明に覚えている選手でした。最後に乱取りしてから5年ぐらい経っていたのですが、不思議なもんで、顔見たらすぐ思い出せました。序でに、彼と練習したことや、中学時代のことなど、色々な記憶が脳裏を過ぎりました。
彼と会えたこともそうですが、よく知っている選手を大会で見かけたり、再び乱取りしたりすると、どこか遠い日の記憶が蘇ってきて、nostalgiaのような、不思議な感情を抱きます。それも、鮮明に蘇ってきます。英単語一つ満足に覚えられないのに面白いもんですね。きっと、単語とかと違って、脳じゃなくて、ココロで覚えてるから、鮮明に蘇るんでしょうね。
1対1でぶつかり合う柔道だと、こういう経験ができていいですね。辛さを乗り越えた先に、そういうかけがえのない繋がりが出来るのかなぁ、なんて思いました。離れてても切れない不思議な繋がりが沢山出来るのかなぁ、なんて思いました。

日文での合同練習、色々あったけど、いい思い出です。知り合いに会えて嬉しくて書いただけでオチはないです。

満員電車

こんばんは。二年生の岡です。

今ちょうど関西から東京へと新幹線で帰っている途中なのですが、終電近い新幹線やったら人も少ないし自由席でも座れるだろう、という甘い考えをあざ笑うかのように人が多いです。自由席の車両に人が収まりきってないとこを見ると、東京まで立ちっぱなしの可能性が高いですね。激渋です。東京まで寝るかネットサーフィンでもしようかという計画が崩れ暇すぎるのでブログを書いています。

今年はお盆休みが例年より多く、5日あったのですがそれも明日で終わりかと思うと憂鬱になってきます。自分は関西の実家に帰り京都大学と大阪大学の合同練習に参加させていただいたり、地元の道場に顔をだしたりとなかなかに充実したお盆休みでした。地元の友達とかと麻雀でもしようかとかも思ったのですが、結局柔道しかしてませんね。まあしょうがないです。ここ数年で柔道ジャンキーになってしまった模様です。

ちなみに京大と阪大との合同練習に参加させていただいた後、晩飯と飲み会に行きました。晩飯に関しては他大学も食いトレせなあかんやつは大変やなあ、といった感じでしたが、飲み会は凄く楽しかったです。カクテルを出してくれるお店に行ったのですが、人生で初めてマティーニやホワイトレディなどおハイソな感じの飲み物を飲みました。また、他大学の先輩、同期、後輩と話すのはやっぱり楽しかったですし、自分が飲み会でお金を出す側になったというのも感慨深かったです。

暇つぶしに書いたので特にオチはありません。夏練もまだまだ残ってますが頑張っていきたいと思います。

新たな部員が仲間になりました!!

※本記事は佐々木がsasakierinaにログインできない不具合のため、佐々木がtakashiyamzoeから投稿している形となっております。

2年生の佐々木です。先日新たな仲間が加わりました。打ち込み人形・七徳くんです。ブラジリアン柔術の世界王者である大賀幹夫先生が、打ち込み人形を誰にでも譲ってくださる旨のツイートをしていたので、東大柔道部がぜひ譲り受けたいと連絡すると、快く承諾してくださいました。そして練習後に岡と私で調布の道場まで受け取りに参上しました。

七德くんを大事に受け取る岡

調布から七徳堂までは私の華麗なるドライビングテクニックで七徳くんをお連れしました。今回は警察にも捕まらず、レンタカーをこすったりもしなかったのでよかったです。七徳くんはすっかり部員として認められ、N村さんにいたっては道着のまま布団で寝ていた七徳くんにそれはいけないことなんだとお叱りしていました。

ちゃんと椅子に戻った七德くん

とても微笑ましいです。大賀先生、ありがとうございます。七徳くん大切にしていきます。

 

 

2018年度入部 自己紹介⑦

新入部員の麻生豊大です。出身は福岡の久留米大学附設高校です。滝沢さんは風紀委員会の先輩でした。
柔道は6,7年ほどやっているのですが、これといったストロングポイントはありません。柔道スタイルについては、先の七大戦で引退された金田先輩の姿に憧れ、正対士を目指そうと思っています。
猛暑の中の練習は正直つらく、同期にも足をこえられ亀を返されボロ雑巾のように這いつくばる毎日です。しかし練習をやりきって、先輩方が持って来てくださったアイスを食べているときは何とも言えない幸せに包まれます。今は練習について行くので精一杯ですが、単に練習することに満足せず、頭を使って技術を磨いていこうと思います。来年の七大戦では戦力になれるよう頑張ります。体が小さいので筋トレをガンガンやって、ご飯をたくさん食べて、ぐうぐう寝ます。金田さんは僕をご飯に連れていってください。
長期練習中は七徳堂に泊まっており、滞在時間はおそらく部内でもトップクラスです。七徳の玄関脇にある松とサボテンは実は僕が育てているものです。グングンと大きくなる彼らに負けぬよう精進します!

2018年度入部 自己紹介⑥

はじめまして、一年の山口麟太郎です。静岡県の清水東高校からきました。

 僕は小学3年の頃に道場に通い始め、中3までそこで柔道を続けていました。高校では柔道部員が一人だったことや関節技が怖かったなどの理由から柔道部に入るのを断念しました。そんなこんなで文化部に入り、暇になったら一人でお勉強したりしていました。この暇な時間が長すぎて東大に入れたのかもしれません。しかし大学でも同じような生活を送るのはつまらないと思ったので運動会の柔道部に入ろうと決意しました。

 しっかり身体を動かすのは中3以来でとても楽しく柔道をしていたのですが、6月初旬の練習試合の中で右橈骨を骨折してしまいました。手術が必要なくらいがっつり折ってしまい、体内に金属を突っ込む羽目になってしまいました。今その金属を抜く手術を終えたばかりで実はこのブログは病院の中で書いています。今月下旬から復帰出来るそうです。楽しみです。

 目指す柔道スタイルはまだ決まっていません。でも寝技が強い七大戦士になりたいという意思は固まっています。先の七大戦で白熱した寝技の攻防を目の当たりにして圧倒されました。僕もあんなかっこいい試合をしたいです。そのために日々精進して練習に励みます。よろしくお願いします。